平家物語　十二　（第六末）

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当巻之内歌十八首在（レ）之

Ｐ３４９５（一オ）

一　　大地振オビタヽシキ事　　　二　　天台山七宝ノ塔婆事

三　　建礼門院吉田ニ御坐事　　　　　　東大寺供養之事

四　　源氏六人ニ勧賞被行事　　　五　　平家ノ生虜共被流事

六　　平大納言時忠之事　　　　　七　　建礼門院小原ヘ移給事

　　　阿波民部并中納言忠快之事　八　　判官与二位殿不快事

九　　土佐房昌俊判官許へ寄事　　十　　参河守範頼被誅給事

十一　原田大夫高直被誅事　　　　十二　九郎判官都ヲ落事

十三　義経可追討之由被下院宣事　十四　諸国ニ守護地頭ヲ被置事

十五　吉田大納言経房卿事　　　　十六　平家ノ子孫多ク被レ失ハ事

十七　六代御前被召取事　　　　　十八　六代御前関東へ下給事

Ｐ３４９６（一ウ）

十九　六代御前被免給事　　　　　廿　　六代御前大学寺ヘヲハスル事

廿一　斉藤五長谷寺ヘ尋行事　　　廿二　十郎蔵人行家被搦事　〈付人々被解官事〉

廿三　六代御前高野熊野ヘ詣給事　廿四　建礼門院之事

廿五　法皇小原ヘ御幸成ル事　　　廿六　建礼門院法性寺ニテ終給事

廿七　頼朝右大将ニ成給事　　　　廿八　薩摩平六家長被誅事

廿九　越中次郎兵衛盛次被誅事　　卅　　上総悪七兵衛景清干死事

卅一　伊賀大夫知忠被誅事　　　　卅二　小松侍従忠房被誅給事

卅三　土佐守宗実死給事　　　　　卅四　阿波守宗親発道心事

卅五　肥後守貞能預観音利生事　　卅六　文学被流罪事　〈付文学死去事　隠岐院事〉

卅七　六代御前被誅給事　　　　　卅八　法皇崩御之事

卅九　右大将頼朝果報目出事

Ｐ３４９７（二オ）

平家物語第六末

一　〔大地振オビタヽシキ事〕文治元年七月ニ平氏無残滅テ西国静ヌ。国ハ随国

司一ニ、庄ハ領家之進退也。上下安堵而思シ程ニ、九日午時

計ニ大地振ヲビタヽシクシテ良久シ。畏シナムドモナノメナラズ。

赤懸之内、白川ノ辺、六勝寺、九重塔ヨリ始テ、或ハ傾倒レ

或ハ破崩ル。在々所々ノ神社仏閣、皇居人家、一宇モ全キハ

無シ。鳴声者如雷一ノ、揚塵ハ煙ニ同ジ。天闇シテ日ノ光モ不

見一。地響テ巌谷ニ躅入レリ。老少共ニ魂ヲケシ、鳥獣モ

悉ク心ヲ迷ス。「コハ何ニシツル事ゾ」トオメキ叫ブ。打殺サルヽ者モ

アリ、圧損ゼラルヽ者モアリ。近国遠国モ又如此一。山崩テ

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河ヲ埋ミ、海漂テ礒ヲ浸ス。洪水漲来者、岡ニ登テモ助リナン。

猛火燃近付者、河ヲ隔テモ去ヌべシ。只悲カリケルハ大地振

ナリケリ。非鳥者不翔空一ヲモ、非龍一者不入雲一ニモ。心憂トモ

オロカナリ。主上ハ鳳輦ニタテマツリテ、池ノ汀ニ渡セ給フ。法皇ハ

其程今熊野ニ御寵有ケルガ、折シモ御花マヒラセサセ給ケルニ、

屋共多ク振倒シ、人アマタ打殺サレテ、触穢サへ出来ニ

ケレバ、六条殿ヘ還御成ニケリ。天文博士共馳参テ騒申ス。

占文不軽。今夜ハ南庭ニ幄ヲ立テ、主上渡セ給フ。諸宮諸院ノ

御所共皆倒レニケル上、猶無隙振ケレバ、或ハ御車ニ召、或ハ御

輿ニ奉テゾ渡セ給ケル。種々ノ御評定、様々ノ御祈始ル。「今夜ノ

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子丑ノ時ニハ大地可打返一ト御占有」ナンド云テ、上下家ノ中ニ居タ

ルハ一人モナシ。遣戸障子ヲ立テ只外ニノミゾ有ケル。天響、地ノ

動ズル度ニハ、只今ゾ死ルトテ、手ヲ取組テ高念仏ヲ唱ヘケレバ、

所々ノ声々オビタヽシ。百年ニ一年不足一ツクモガミ共モ、「未カヽル

事不覚一」トゾ申ケル。「世ノ滅スルナムド云事ハ、経論聖教ノ説

相ヲ案ズルニ、サスガ今日明日トハ不思一ツル物ヲ」トテ、ヲトナ共モ泣ケ

レバ、少者共モ是ヲ聞テ、オメキ叫ブ声々オビタヽシ。文徳天皇ノ

御宇、斉衡三年三月、前朱雀院御時、天慶元年四月ニ

カヽル地振アリケリ。天慶ニハ主上御殿ヲ去テ、常寧殿ノ

前ニ五丈ノ幄ヲ立テ渡セ給ケリ。自四月十五日至于八月一ニ、無隙振

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ケレバ、上下家ノ中ニ安堵セザリケリトゾ承ル。サレドモ其ハ見ヌ

事ナレバ、如何有ケン。今度之事ハ是ヨリ後モ可有類一トモ不覚。

平家ノ怨霊ニテ世中ノ可失一之由、申アヘリ。十善帝王ハ都ヲ

被責落テ、御身ヲ海中ニ沈メ、大臣公卿ハ大路ヲ渡サレテ、首ヲ獄

門ニ懸ラレヌ。異国ニハ其例モヤ有ラム、本朝ニハ未聞一事也。是

程ナラヌ事ダニモ、怨霊ハ昔モ今モ怖シキ事ナレバ、世モ末ダ

シヅマラズ。云何ガアラムズラムトゾ怖アヒケル。

二　〔天台山七宝ノ塔婆事〕抑今度ノ大地振之間ニ天台山ニ不思議ノ事アリ。惣持院ノ七

宝ノ塔婆ニ仏舎利ヲ奉安置一ケルヲ、円融院御宇貞元二

年ニ雷落テ、此御舎利ヲ奉（レ）取テ、分テ雲一ヲアガリケルヲ、修験ノ聞ヘ

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世ニ有ケレバ、浄安律師ト申シ人、是ヲ御覧ジテ、「彼御舎利ヲ奉

取留一メ」トテ、十二神将ノ呪ヲ満ラル。丑時ノ番ノ神、照頭羅大

将走出テ、雷電神ヲ取テ伏テ、仏舎利ヲ奪返奉リヌ。雷

猶腹ヲ立テ、塔婆ニ立ラレタル馬瑙ノ扉ヲ取テ上リケルヲ、衆

徒一同ニ、「同ハアノ扉ヲモ取留給へ」ト申ケレバ、末代ノ世トナリテ、

此龍必ズ来テ、彼扉ニ此舎利ヲ奉取替一ズルナリ。夫我世ノ

事ニ非トテ、遂ニ扉ヲバ不止給一。其後二百余歳ヲ隔テ、今度ノ

大地振之間ニ此龍落テ、過ニシ貞元之比、取テ昇リニシ馬脳ノ扉ノ

以テ来テ、七宝之塔婆ニ立テ、舎利ヲバ取テ昇リヌ。衆徒大ニ

歎云、「昔ノ浄安律師ノ宣置ル事少モ不違一。末代ヲカヾミテ

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示給ケル事コソ貴ケレ。我等ガ世ニハ、如浄安一可奉取留一之人

モ無シ。末代コソ心憂ケレ。即知ヌ、法滅之期至リニケリト云事ヲ」。

衆徒全儀而、「此ノ御舎利ヲ奉取一事ハ、近江ノ水海ノ龍神共ノ

シ態ニテゾ有ラム。如本一不（レ）奉（二）返納一者、龍神調伏之法ヲ可始一」

ト全議シケル夜ノ夢ニ、水海ノ龍神共多ク集テ申ス。「此御

舎利ヲ取奉ル事ハ、全ク我等ガ態ニ非ズ。伊勢ノ海ニ侍ル龍ノ、

宿執アルニ依テ是ヲ取奉レリ。吾等ガ誤ラザル事ヲ愁申

ス」ト、衆徒ノ夢ニゾ見タリケル。彼宿執ト申スハ、伝教大師、桓

武天皇御宇、延暦廿三年ニ渡唐シテ、天台山ノ行満大師ニ

相奉テ、秘密ヲ伝ヘ仏舎利ヲ相承シテ、我朝ヘ帰リ給シニ、漢

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家本朝ノ境ニテ、龍神来テ此御舎利ヲ留拳ムトス。雖然、

宿執未薄ニ依リ、其上伝教ノ行力ニ恐奉テ、遂ニ留奉ル事

叶ハズ。我朝ヘ被渡一テ叡山ニ奉安置一。其後今四百余歳ノ

春秋ヲ送レリ。遂ニ彼ノ宿執ノ為ニ被取一ヌ。口惜カリシ事共也。

三　〔建礼門院吉田ニ御坐事〕建礼門院ハ吉田ニ渡ラセ給ケルガ、九日ノ地振ニ築地モ崩レ、

荒タル宿モ傾テ、人住セ可給一御有様ニモミヘズ。地可（二）打

返一ナムド聞食ケレバ、惜マセ給べキ御身ニハナケレドモ、只尋

常ニテ消入ナバヤトゾ被思召一ケル。折知皃ニイツシカ虫ノコエ＜”

恨ルモ哀也。

　〔東大寺供養之事〕八月一日、東大寺開眼事、被（レ）下（二）宣旨（一）。其状云。

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　東大寺焼亡、漸ク経（二）六ヶ年一。廬舎那大仏像、殊課（二）巧匠（一）、守（レ）

旧鎔（ニ）鋳梵宇一。撥白之功、雖（レ）未（レ）甫（二）本寺一、満月之相、已欲成一。仍

来八月廿八日、先可（レ）奉（二）開眼一。宜ク令（二）京畿七道諸国（一）、自（二）廿五日一

至（二）九月三日一、禁（二）断殺生一ヲ、至（二）于会日一、於（二）国粉二寺一ニ、各開（二）ベシ

斉会一。其ノ供養料、依例一充之一ヲ。大宰府於（二）観音寺一修之一。

兼令（二）会集一、道俗共称（二）讃ベシ廬舎那仏号一ヲ。其趣一加（二）貞観三

年三月廿一日符（一）。着。

　　元暦二年八月一日　　　左中弁

同廿七日、法皇南都へ御幸アリ。公卿ニハ花山院大納言兼

雅、堤中納言朝方、中山中納言頼実、衣笠中納言定能、吉

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田中納言経房、民部卿成範、藤宰相親信、平宰相

親宗、大蔵卿泰経、殿上人ニハ雅賢朝臣已下、皆着浄

衣一ヲ被供奉一ケリ。伊予守義経、同着（二）テ浄衣一ヲ、御後ニ候ズ。随

兵六十騎ヲ相具ス。同廿八日、大仏開眼アリ。亥剋ニ法皇臨

幸アリケリ。左大臣経宗、権大納言宗家卿已下、被参入一

ケリ。開眼師僧正定遍、呪願僧正信円、導師大僧都覚憲ナリ。

同晦日、弁暁権少僧都ニ被仰一ケリ。開眼師定遍僧正ノ

賞譲トゾ聞ヘシ。イミジカリケル事共也。

四　〔源氏六人ニ勧賞被行事〕猿程ニ八月十四日ノ除目ニ、源氏六人一度ニ受領ニナサル。勲功

之賞也。志多三郎先生義憲ハ伊豆守ニ任ズ。大内冠者惟義ハ

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相模守ニ任ズ。上総太郎義兼ハ上総介〔ニ〕任ズ。加々美次郎

遠光ハ信濃守ニ任ズ。兵衛尉義賢ハ越後守ニ任ズ。伊与守義

経ハ大夫尉ヲ兼コトゾ聞へシ。鎌倉ノ源二位宣ケルハ、「義経ハ伊

予国一ヶ国ヲ賜テ、院ノ御厩ノ別当二成テ、京都守護シテ候

ベシ」トテ、鎌倉ヨリ侍十人ヲ被付一。義経思ケルハ、「一朝ノ大事ト

思ツル親ノ敵ヲ討ツレバ、夫ニ過タル喜ナシ。但シ度々ノ合戦ニ命ヲ

捨テ已ニ大功ヲナス。世ノ乱ヲ鎮ヌレバ、関ヨリ東ハ云ニ不及一、京ヨリ西

ヲバ、サリトモ預ラムズラムトコソ思ツルニ、纔ニ伊与国ト没官所二十

ヶ所ト当リ付タルコソ無本意一ケレ。サリトモ京都ニモ鎌倉ニモ

思召計旨モ有ムズラム」ト思テ過ケル程ニ、十人付タル侍共モ内々

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心ヲ合テケレバ、トカク云ツヽ鎌倉ヘ逃下ニケリ。武蔵房弁慶、

片岡八郎為春、枝源三、熊井太郎、常陸房快賢ナムド

ゾ、未判官ニハ奉付一タリケル。判官是等ニ宣ケルハ、「サリトモ鎌倉

ニモ相計ハルヽ旨有ムズラム。且ハ西国ニ恩ヲセムズルゾ。穴賢我ニ

離ルナ」ト宣ケル程ニ、鎌倉ヨリ判官可被打ト云聞アリ。

〔五〕〔平家ノ生虜共被流事〕　九月廿三日、平家余党ノ生虜共、各配所ヘ被遣。平大納

言時忠卿ヲバ追立ノ官人信盛奉テ、能登国ヘ遣ワス。今日

都ヲ出給テ、近江国志賀幸崎ヲ打過テ、堅田ト云浦ニテ、「コヽハ

何クゾ」ト網人ニ問給ヘバ、「是ハ堅田ト申所ニテ候」ト云ケレバ、カ

クゾ思ツヾケ給ケル。

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　返リコム事ハ堅田ニ引網ノ目ニモタマラヌ涙ナリケリ

子息讃岐中将時実ヲバ公朝奉テ周防国へ遣ワス。内蔵頭

信基ヲバ章貞奉テ備後国ヘ遣ス。兵部少輔声明ヲバ、

章貞同ク奉テ出雲国ヘ遣ス。熊野別当行明法眼ヲバ職

景奉テ安芸国ヘ遣ス。法勝寺執行能円法眼ヲバ経広

同奉テ備中国ヘ遣ス。中納言僧都印弘ヲバ久世奉テ阿波国ヘ

遣ス。中納言律師忠快ヲバ武蔵国ヘ遣ストゾ聞ヘシ。

六〔平大納言時忠之事〕　時忠卿都ヲ被出トテ、女院ヘ被申タリケルハ、「今ハ有甲斐

ナキ身ニテ候へドモ、同ハ一都ノ内ニテ、御所ノ御事ヲモ申承ラム

トコソ思候ツレドモ、責テ重ク可遁一方ナクシテ、今日既ニ都ヲ罷出候ヌ。

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イトヾ何ナル御有様ニテカ渡ラセ給ワムズラムト思遣リマヒラセ

候コソ、行空モ覚候マジケレ」ト、細ニ被申タリケレバ、「サテハ遠国ヘ

趣給ゴサムナレ。今ハ此人計コソ昔ノ遺ニテアリツルニ」ト思召セバ、

イトヾカキクラス御心地シテゾ被思召ケル。彼時忠卿ト申ハ

出羽前守知信ガ孫、兵部権大輔時信子也。故建春門院ノ御

〓ニテオワセシカバ、高倉ノ上皇ニハ御外戚也。昔陽貴妃ガ

幸シ時、陽国忠ガ栄シガ如シ。八条ノ二位殿モ〓ニテ御ワセシ

カバ、入道ニハ小舅也。世覚、時ノキラ目出カリキ。サレバ顕官顕

職心ノ如シ、思ノ如シ。無程一経上テ、正二位大納言ニ至り給ヘリ。

申合ラレケレバ、時人「平関白」トゾ申ケル。検非違使ノ別当ニモ

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三度マデナラレタリキ。未無先例一事也。今暫モ平家ノ

世ナリセバ、大臣有疑マジ。庁務ノ時モ様々ノ事共張行シテ、

強盗廿人ガ右手切ラレナムドシケリ。昔悪別当経成ト云ケ

ル人コソ、強盗ノ頸切タリケレ。此時忠卿、事ニ触テ心猛キ人ニテ

オワシケリ。西国ニオワセシ時、院ヨリ、「帝王都ヘ入レ奉レ。三種ノ神

祇返入奉レ」ト仰遣ス。院宣持テ下リタリケル御壺ノ召次

花方ガ頬ニ、「浪方」ト云火印ヲ指テ、「汝ヲスルニハ非ズ」トゾ宣ケル。サレバ

誰ヲ被申ケルゾ。院ヲ被申ケルカ。故女院ノ御ユカリナレバ、可

被宥一カリシカドモ、加様ノ事共思召忘レサセ給ハネバ、法皇ノ御

気色心ヨカラズシテ、被流一給ケルモ此故トゾ聞ヘシ。九郎判

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官ニ親ク成給ニシカバ、其好モオロカナラズ。流罪ヲモ申宥ムト

セラレケレドモ、法皇モ御気色モアシク、鎌倉ノユルサレモ

ナカリケリ。此人合戦之先ヲコソカケネドモ、運（二）籌策帷

帳之中（一）事ハ、此大納言ノシ態ナリケレバ、理トゾ覚ル。年闌齢

傾テ、妻子ニモ別レ、見送ル人モ無シテ、眇ナル能登国マデ下向

セラレケム心ノ中コソ悲ケレ。押ハカラレテ糸惜シ。日比ハ西海ノ

波上ニ漂テ、今ハ又北国ノ雪ノ下ニ閉ラレケムコソ無慚ナレ。北方

帥典侍殿ハ何事モ深ク思入タル人ニテ、イツモスマジキ別レカハ

ト思ナグサメ給ツヽ、心ヅヨクゾモテナシ給ケル。其腹ニ尾張侍

従時宗トテ、十四ニ成給若冠オワシケリ。ナノメナラズ糸惜ミ

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給ケルニ、是ヲ見置テ、イツ返ルべシトモシラヌ遠国ヘ趣ク事ノ

心ウサ、歎悲給ヘドモ無甲斐一。時宗モ今ハ限ノ別ヲ惜テ

涙ニ咽給ケリ。

七〔建礼門院小原ヘ移給事〕　其比女院ハ都モ猶閑ナルマジキ由聞食テ、イカナルベシトモ思

召シワカズ、尽セヌ御物思ニ秋ノ哀ヲ打副テ、夜モ漸長成ケレバ、

イトヾ御ネザメガチニテ、万ヅ思食残御事モナク、「コヽハ都

近クテ振舞ニクシ。哀、イヅチモ哉」ト、アクガレ思召ケルニ、付進

セタリケル尼女房ノ便ニテ、「是ヨリ北山ノ奥ニ小原瀬料里、寂

光院トテ、可然所ヲコソ尋出テ候へ。夫へ御渡ア（ッ）テ、行ワセオワシ

マセ」ト申ケレバ、「我所願成就シヌルニヤ」ト、悦バセオワシマシテ、怱ギ

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出立セマシ／＼ケリ。御輿共ハ冷泉ノ大納言隆房卿ノ

北方ゾ沙汰シ被進ケル。是ハ女院ノ御妹ニテマシ／＼ケレバナリ。

大方モ常ニハコマヤカニ被訪申一ケレバ、イトウシト思召シ、此人々ノ

ハグヽミニテ、ウキ世ニアルべシトコソ不寄思召一シカトテ、女院御

涙ヲ流サセ給ケリ。御輿指寄タリケレドモ、トミニモ移セ

オワシマサズ。此モサスガニ夏ノ始ヨリ秋ノ未ツカタマデ、スマセオワシ

マシタル所ナレバ、御余波ヲシクテ、御袖モシボル計ニ見ヘサセ給ケ

レバ、庭ニ並居タリケル使ガ者共モ、サスガ石木ナラネバ、各袖ヲゾ

ヌラシケル。サレバトテ留セ給ベキニアラネバ、御輿ニメシツヽ、泣々入

セ給ケリ。イト人通タリトモ、立ス河原路ニカヽラセ給テ、切堤、下松

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打過、ハル＜”ト別入セ給ケリ。日モ既ニ暮カヽル野寺ノ鐘ノ入合ノ

音スゴク、イツシカ御心スゴク聞召。漸ク小原ノ里ニ近付セオワシ

マシテ、御覧ズレバ、草野谷ノ東西ノ山ノ麓、北ノ奥ニ、御堂ホノ

カニ見タリ。傍ニアヤシゲナル坊モアリ。年経ニケリト覚テ、イタク荒

タリ。苔ムシタル石ノ色、イトサビタル所也。谷川ヨリ落タル水ノ音、我

聞ナシニヤ、御心スゴクゾ思食ス。緑蘿ノ垣、紅葉ノ山、絵ニ書クトモ

筆モ難及一。木ニ刻ム巧モアラジカシ。折シモ空カキ曇り打時雨レ、

木々ノ木葉モ乱レツヽ、妻叫鹿ノ音信レテ、虫ノ声々ヨハリニケリ。

サテモ其夜ハ御堂ニ参セ給テ、「南無西方極（楽）教主阿弥〓如来、

我君先帝聖霊并ニ悲母幽儀、兼ハ親類霊等、一仏浄

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土へ引導シ給へ」ト申セオハシマシテ、伏拝セ給ケルガ、軈テ仏ノ御

前ニ絶入シ給タリケリ。尼女房達カヽヘ進テ、「日来ノ御歎ノ積ニ

コソ」トテ哀也。良久有テ御心地直セ給タリケルニ、「何ナル御事ニヤ」

ト申ケレバ、女院答サセマシ／＼ケルハ、「日比モ先帝ノ御事忘ルヽ無隙一

ケレドモ、只今殊更ニ御面影ノ、ヒシト身ニ副セ給タル様ニ覚ツルニヨ」トゾ

被仰ケル。其夜明テノ日ヨリハ御庵室ニ住セマシ／＼ケリ。御送

者共モ哀ニ見置進テ、涙ニ咽ビ返リケリ。サスガニ世ヲバ遁サセ給

タリケレドモ、御命ハ捨ガタキ習ニテ、ハカナキ露ノ御身ヲ草ノ庵ニ

ヤドシテ、明ヌ暮ヌト過サセ給ケレバ、御耳ニ常ニ触ケルハ、シヅノオ

ガ斧ノヲト、御目ニ遮ル物トテハ、嵐ニ乱テ散ル木ノ葉、梢マバラニ

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成マヽニ、サビシサノミゾ増リケル。〓バ漏り来ル月影ハ、自然ノ燈ニモチ

イラレ、松ヲ払風ノ音、琴ノ音ニアヤマタル。山家寂漠トシテ、音信

来ル人モ無カリケレバ、万ヅ思召ツヾケテハ、御涙セキアヘサセ給ハザ

リケルニ、散敷木葉ノソヨギケルヲ聞食モ、「古ヘ馴シ都人ノ問来

ニヤ。誰ナラム」ト御覧ジケレバ、古郷人ニハアラズシテ、妻恋鹿ゾ通

ケル。山深キ御住居今更思食知レテ、カクゾ詠メサセ給ケル。

　　里トヲミ誰ガ問来ラムナラノ葉ノソヨグハ鹿ノ渡ルナリケリ

法皇ハ女院ノ末ダ都ニ渡セ給ケル時モ、御心苦事ニ思食レケレドモ、

「鎌倉ノ源二位ノ聞思ハン事モ悪ク候ナム」ト、人申サレケル間、サ

テノミゾ過サセ給ケル。〔阿波民部并中納言忠快之事〕　京都ニモ関東ニモ生虜共、切ルベキハキラ

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レ、被流ベキハ被流一。阿波民部大夫成良ヲバ鎌倉ヘ被召下、「可被切歟、

可被宥一歟」ト被評定一ケルニ、「先祖相伝ノ主ヲ帰チウシテ、滅シタル不当仁ヲバ

争カ可宥」トロ々ニ申ケレバ、既ニ可切一ニ定タリケル間、成良様々ノ悪口ヲシ

ケレバ、サラバニクシトテ、カゴニ入テ中ニ提テ、下ニ火ヲ焼テアブリ殺ス。無懺ナン

ドハ云計ナシ。門脇中納言ノ御子ニ、中納言律師忠快ト申ケルヲバ、鎌倉ヘ召下

テ武蔵ニ預ケ置レタリケルヲ、是ヲバ僧ナレバ宥メラルべキ由思給ケルガ、能々思ニ、

「惣テ平家ノ一門ニハ、門脇中納言ノ子共二過テ恐シキ者ハナシ。越前三位ヨリ始テ、

能登守ト云、大夫業盛ト云、何モ／＼愚ナルハナシ。サレバ僧ナリトモ思ヒ

不可許」トテ、「トク／＼切ベシ」ト被仰一タリケルニ、已ニ明日可（レ）切夜半計ニ、「御長

八尺計オハシマシケル大日ノ、白キ御杖ノ御長ト等キガ、末ハフタマタナルヲモ（ッ）テ、

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源二位ノ頸ヲ打トツカヘテ、片方ノ御足ニテハ胸ヲフマヘサセ給テ、『何ニ

汝ハ忠快ガ頸ヲバ切ムトハスルゾ。忠快ガ頸ヲ切ハ即我頸ヲ切ニコソ。忠快ガ頸ヲ

切程ナラバ、只今汝ヲバツキ殺ムズルゾ』ト有仰一テ、打トツカヘテ渡セ給ケレバ、手ヲ

合テ、『助サセ給候へ。忠快ヲバ宥シ候ハン』ト被申ケレバ、指ハヅシテノカセ給」ト御

覧ジテ、打驚給タリケレバ、身ヨリ汗カヽセ給。クルシキ事限ナシ。夢中ニ

様々ノ怠状ノ有ケルガ、余所マデオビタヽシク聞ヘケレバ、北方ヲ始奉テ、御前ノ女房

達、「何ニ／＼」ト騒アヘリ。暫シ御気ツキテ、「穴浅猿シ。コハイカヾセムズル。忠快ヲバ

明日切ベキニテアレバ、夜明ケハテバ切ムズラン。夜ノ中ニモヤ切ムズラン。何ハシテ

切ヌ先ニ馳付べキ。当番衆ニ誰カ候。我ヲ我ト思ハム者ハ、怱ギ武蔵ヘ馳テ、中納言

律師ヲ助べシ。忠快ヲバ豊嶋ガ許ニ預置タルゾ。先ニ馳付テ忠快相具テ

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参タラン者ニハユヽシキ可有勧賞」仰ケレバ、当番衆我モ／＼ト鞭ヲ打テ、

武蔵ノ豊嶋へ馳タリケリ。ゲニモ預ノ者、忠快ヲバ夜曙バ切奉ムトテ、暁ニ

成ケレバ、出立セ奉リ、物マイラセナンドシテ、夜明ケケレバ、御輿指寄テ乗セ

奉トシケル処ニ、御使三人馳付テ、「中納言律師御房相グシ進テ鎌倉ヘ

可被参」トゾ申ケル。是ニ付テモ忠快ハ、「イトヾ何ナル目ニ合ムズルヤラン」ト、悲ゾ覚シ

ケル。先ニ馳付タリケル者ハ三人有ケルガ、百町ヅヽノ御恩ヲゾ蒙リケル。相具奉テ

鎌倉ヘ参タリケレバ、持仏堂ヘ入レ奉テ、源二位イカケシ給テ、怱ギ対面有テ、

「抑御房ハ何ノ法ヲカ学セサセ給テ候。本尊ヲバ何ヲ崇メマヒラセラレ候哉ラン」

ト被仰ケレバ、「甲斐／＼敷何ノ宗ヲ学シタル事モ候ワズ。必ズ何ノ本尊ヲ崇メ

マヒラスル事モ候ワズ」ト被申ケレバ、「偏−頗ナ被仰候ソ。如何様モ御房ハ

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仏法ニ通ジ給ヘル人ニテ渡セ給ト覚ヘ候。只有ノマヽニ仰候ヘ」ト被仰ケレバ、

「密宗ヲコソ心ノ及所ハ学テ候へ。其ニ取テハ大日ヲ本尊ト崇メ奉ル候」ト

被仰ケレバ、「サ候ヘバコソ少モ疑心候ワズ」トテ、夢想ノ様細々ト語リ給テ、

「御房ニ過給タル仏渡セ給候ハズ。御房ニ過タル祈ノ師渡セ給マジ。頼朝

ニモ御意趣思食ベカラズ。今生後生憑ミマヒラセ候ハン。是ニ住セ給

ハントモ、京ヘ上セ給ハントモ、御心ニ任セマヒラセ候」ト被仰ケレバ、「其儀ニテ

候者、本住馴タル処ニテ候ヘバ、京ヘ上ラムトコソ思候ヘ」ト被仰ケレバ、

「トク＜上セ給ヘ」トテ、究竟ノ所領七八所奉テ、京ヘ送リ被奉一ケリ。

小河ノ法眼トテ平家ノ信物ニテゾオハシケル。

八〔判官与二位殿不快事〕　十月十三日、九郎判官義経、関東二位殿ヲ可背之由聞ケレバ、

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カシココヽニサヽヤキアヘリ。同兄弟ト云ナガラ、殊ニ親子ノ契浅カラズ。

平家、朝家ヲ軽ジテ、帝王ノ御敵ト成シ勢ヒ、設ヒ十六大国ノ軍ヲ

催テ責トモ傾ガタク、五百中国ノ兵ヲ集テ敗トモ、危クハ見ヘ

ザリシヲ、去年ノ正月ニ彼ノ代管トシテ都ヘ打上テ、先木曽義

仲ヲ追討セシヨリ、度々平氏ヲ責メ落ストテ、必死ノ剣ヲ遁テ、今

年ノ春残少ク滅テ、四海ヲスマシ一天ヲ鎮テ、勲功無比類之処、

何ナル有（二）子細（一）カ、イツシカ然ル聞ヘ有ムト人思ヘリ。此事ハ去ジ春、渡

辺、神崎両所ニテ舟ゾロ（ヘ）ノ時、舟共ニ逆櫓ヲ立ム、タテジト、梶

原ト判官ト口論セシ時、梶原ガ判官ニイハレタリシ事ヲ、梶原

不安一事ニ思テ、事ノ次毎ニハ、「判官殿ハオソロ敷人也。君ノ御敵ニ

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一定可成給一。打解サセ不可給一」ト申ケレバ、頼朝モ「サ思ヘリ」ト宣テ、

常ニハ隙モアラバ、判官ヲ可被打一諜ヲゾ心ニ懸給ケル。判官モ「始

終ヨカルマジ」ト思給ケレバ、頼朝ヲ可追討一之由宣旨ヲ可被下一之

旨、大蔵卿泰経ヲ以テ、後白川院ニ判官被申タリケレバ、十六日、

右大弁光雅朝臣院宣ヲ奉テ、従二位源朝臣頼朝卿ヲ可追討一

之由院宣ヲ下サル。上卿ハ左大臣経宗トゾ聞ヘシ。京都ノ固ニテ、所

申一黙止シガタキ上、義経心様情アリ、為人一為都一ノヨカリケレバ、上ミ一

人ヨリ奉始一、下モ万人ニ至マデ、クミシタリケリ。サレバニヤ、事トヾコヲ

ラズ鳳含ノ詔ヲ下サル。カヽリケレバ、落テ関東へ行ク者モアリ、又止テ判

官ニ付者モアリケリ。此間何ナル事カアラムズラムトテ、京中ノ貴賤

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上下、ナニトナク周章迷ヘリ。

九〔土佐房昌俊判官許へ寄事〕　二位殿梶原ヲ召テ、「九郎ヲ金洗沢ニ止置テ、鎌倉へ不入一レシテ、

京ノ守護ニ候ヘトテ追上セシヲバ、遺恨トゾ思ラム。サレバ、ヒマモアラバ、

頼朝ヲ討バヤト心ニカケタルラム。大名ヲモ上セ、可然一者ヲモ上スル物

ナラバ、九郎猿者ニテ、用心ヲモシ、逃隠ルヽ事モコソアレ。誰ヲカ上

スベキ」。「昌俊ヲ上スベシ」トテ、土佐房ヲ召テ、「和僧上リテ九郎ヲ夜打ニ

セヨ」トテ、元暦二年九月廿九日、土佐房鎌倉ヲ立テ上洛シテ、佐

女牛町ニ宿所ヲ取テ宿ス。次ノ日モ判官ノ許ヘ不参一ケレバ、十月十一日

使ヲ立テ土佐房ヲ召スニ、「ヤガテ可参一」トテ、惣テミヘズ。又此度ハ武

蔵房ヲ使ニテ遣ス。只今事ニ合ベキ躰ニ出立テマカリケリ。褐衣ノ

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直垂ニ黒糸威ノ大腹巻ニ、ス（ッ）チヤウ頭巾シテ、一尺三寸ノ大刀指ホコラ

カシテ、三尺計ナル大長刀モタセテマカリケリ。旧山法師ニテ

荒強者ナリケレバ、別ノ子細モナク、ヤガテ居タリケル所ハ押入ル。

折節、昌俊家子郎等共アマタ前ニ置テ酒盛シケリ。無左右行

タリケレドモ、所モナク郎等共有ケレバ、「イヅクニカ居ルベキ。郎等共ノ

座ニハヰルベカラズ」ト思テ、「昌俊ハ鎌倉殿ノ侍也。我ハ判官殿ノ侍也」。昌俊ガ上ニ

居カヽリテ申ケルハ、「イヽカ、和僧ハ被召一ズトモ参ベキニ、召ノ有ヲ背テ

参ラヌハ、存ル旨ノアレバコソ参ザルラメ。其左右キヽニ来レリ」ト、ニラミ

ツメテ申ケレバ、酒盛モ打サマシテ、家子郎等モ青醒タリ。昌俊モ

申者ナリケレドモ、マサル甲者ニ合ヌレバ、ヲメ／＼トナリテ、「『只今参

Ｐ３５２５ラム

トシツルナリ。即ヤガテ参ベシ。何事ノ存旨カ候べキ』ト申給へ」ト

云ケレバ、弁慶ハ、「和僧ヲグシテ参べシ。カヘラズ」。昌俊思ケルハ、「謀ル事

聞ヘニケリ。行向タランニ命イケラレム事有マジ。コヽニテ弁慶ト勝負ヲ

セバヤ」ト思ケルガ、「マテ／＼シバシ。同失命一ナラバ、判官殿ニ相テコソ命

ヲモステメ。フテガタヒニシ相テハ益アラジ」ト思ナリテ、「サラバヤガテ

参ルべシ」トテ、弁慶ト打ツレテ判官ノ許ヘ行ヌ。判官、昌俊ヲミ給テ

宣ケルハ、「イカニ、二位殿ヨリハ御文ハナキカ」。「指タル事モ候ハネバ御文ハ候ハズ。

御詞ニテ申セト候シハ、『当時マデ都ニ別ノ子細候ハヌ事ハ、サテオハシ

マス故ト存候。猶モ能＜守護セラレ候ベシト申セ』トコソ仰事候シカ」。

判官、「ヨモサアラジ。和僧ハ義経打ニ上タル御使ナリ。『可然一大名ヲモ

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差上セバ、義経用心ヲモシ、逃隠レモゾセムズル。蜜ニ和僧上テ夜

打ニセヨ』トテゾ、上セラレタルラムナ。日本国ヲ打鎮ル事ハ木曽ト

義経トガ謀也。夫ニ景時メガ讒訴ニ付給テ、鎌倉ヘモ不被入一、対面ヲ

ダニモシ給ハデ、追帰サレシ事ハイカニ」。昌俊大ニ驚テ、「何故ニカ猿

御事候べキ。聊宿願候テ七大寺詣ノ為ニ罷上テ候。努々々其儀

候ハズ。善悪御免ヲ蒙テ、起請文ヲ仕ニ、進候べシ」ト申ケレバ、「必ズ書

トハ思ハネドモ、書ムトモカヽジトモ和僧ガ心ゴサムナレ」ト判官宣ヘバ、

昌俊一旦ノ害ヲ為遁ガ一、居ナガラ熊野牛玉尋ヨセテ、起請文七枚

書テ、一枚ヲバ当座ニ焼テ呑テ、今六枚ヲバ社々ニ之ヲヲス。土佐房起

請ハ書テ呑タレドモ、今夜打タデハ叶ワジト思テ、ヤガテ其夜大番衆ニ

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ツレテ、夜打ノ支度ヲゾシケル。判官ハ其比礒ノ禅師ガ娘、閑ト云白拍

子ヲ被思ケリ。判官閑ニ宣ケルハ、「何ナル事ノ有ムズルヤラム。心騒ノスルゾトヨ。

昌俊女ガ夜打ニ寄ト覚ルゾ」。閑、「大路ニ塵灰ニケタテラレテ武者ニテ候也。

是ヨリ仰付ラレザラムニハ、大番ノ者共是程サワギアフべシトモ不覚一。一

定昼ノ起請法師女ガシ態ニテゾ候ラム」ナムドゾ云ケル。平家大政入道ノ

カブロト名付テ、カミヲ肩ノマワリニソギテ、十四五六七計ナル童部ヲ

二三百人召仕給ケルヲ、判官童二人取テ仕給ケリ。彼童ヲ使ニテ、

「土佐房ガ宿所見テ参レ」トテ遣ワサル。待テドモ＜不見一ケレバ、判官

仕ワレケル中間女ヲ召テ、「年来ノ寝夫ヲ尋ル様ニテ、土佐房ガ宿所

見テ参レ」トテ遣ス。此女ヤガテ立還テ、「土佐房ノ宿所ノ小門ノ前ニ、人

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二人切殺サレテ候ハ、一定是ノ御使ト覚候。其上土佐房ハ、暁、大仏ヘ

参候ベシトテ、大庭ニ幕引テ候。其内ニ鞍置馬共四五十疋引立テ、

鎧物具シタル者共手縄ニギリ、鞍ニ手打係テ、只今既ニ乗ラム

トシ候」ト申モハテネバ、後ヨリ時ヲ造テ、判官ノ宿所、六条堀川へ

押寄タリ。判官是ヲ聞給テ、「サレバコソ、土佐房メガ寄スルハ。何事ノ

アラムゾ」トテ、少モサワガズ。閑、「物ヲバアナヅラヌ事ニテ候ゾ」トテ、鎧ヲ

取テ判官ニ投懸タリ。其比判官ハ灸治ヲシ、ミダシタリケレドモ、鎧

取テ打キテ、大刀引サゲテ出ラレタリ。イツノ程ニカ置タリケム、舎

人男馬ニ鞍置テ〓ノ際ニ引立タリ。判官此馬ニヒタト乗テ、「門アケヨ

ヤ」ト云テ打出タリ。「日本国ニ義経ヲ夜打ニモシ、昼打ニモスべキ者ハ覚

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ヌ物ヲ」ト云テ、只一人カケ出ラルレバ、敵ノ中ヲサツトアケテ通ス。判官

取テ返テ、立サマ横サマ、散々ニカケタリケレバ、木ノ葉ノ風ニ散ガ如クニ

四方ヘカケ散ラサレテ、或ハ鞍馬ノ奥、貴布祢ノ奥、僧正ガ谷ナムドヘゾ

逃籠リケル。熊井大郎ハ内甲ヲ射サセテ其夜死ニケリ。源八兵衛

弘綱ハ膝ノ節ヲ射サセタリケレドモ、未死一ケリ。土佐房ハ龍花越ニ

北山ヲ差テ落ケルガ、二手三手ニテ追懸リケレバ、先ヲ切ラレテ

ノビヤラズ。小原ヘカヘリテ薬王坂ヲ越テ、鞍馬ノ奥、僧正ガ谷ニゾ籠ニ

ケル。判官元ヨリ鞍馬ニテソダヽレタリケレバ、鞍馬ノ大衆昔ノ好ヲ

思知テ、土佐房ヲ搦テ判官ニ献ル。判官ノ前ニ引立タリ。褐衣ノ直垂、小

袴ヲゾ着タリケル。判官、「何ニ和僧ハ義経誅マジト云起請ヲ書テ、

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焼テ呑タル者ガ、舌モ引入レズ義経ヲ誅トスル時ニ、神罰立所ニ

蒙タリナ」ト宣へバ、「今ハカウ」ト思ケレバ、「詞モタバワズ有事ニ書テ

候ヘバコソ、ウテヽ候ラメ」ト、散々ニ悪口シケリ。判官腹ヲ立テ、

「土佐房メガシヤツラ打」トテ、打セラル。土佐房、「イカニモ打セ給ヘ。

少モ痛ズ候。其故ハ昌俊ガ打ルヽニテハ候ワズ。是偏ニ鎌倉殿ノ討レ（サ）

セ給ニテ候ヘバ、此代ニハ殿ノ御頸ヲ鎌倉殿ノ打返シマヒラセサセ給ワム

ズレバ、只同事候」ト申ケレバ、判官打咲テ、「汝ガ志ノ程コソユヽシケレ。

サコソハ有べケレ。命ヤ惜キ。二位殿ヘ参レカシ」ト宣ケレバ、昌俊申ケルハ、

「取替ナキ命ヲ鎌倉殿ニ進セテ鎌倉ヲ立シヨリ、生テ可返一トモ

存ジ候ワズ。夜部君ヲ打奉ラムトテ参テ候ツレドモ、運尽ヌルニ依テ、

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エ打進ズシテ、カク搦召レ候ヌ。今更命ヲ申替べキニ候ワズ。御芳恩ニハ

トク頸ヲ召」トゾ申ケル。人是ヲ感ジケリ。「サラバ切レ」トテ、六条川原ヘ

引出テ切ラムトスルニ、伐ラムト云者一人モナカリケリ。京者中ニ中

務丞知国ト云者アリケルガ、申請テ伐テケリ。判官ニハ二位殿

ヨリ、安立新三郎清経ト云雑色ヲ一人付ラレタリケリ。「下臈ナレド

モ吉者ゾ。若ノ事アラバ旗指ニ憑」トテ被付タリ。誠ニハ「判官僻事ヲ

モシ、謀反ヲモ発シゲナラバ、告ヨ」トテ、検見ニ付ラレタリケルガ、土佐

房ガ討ルヽヲ見テ、其暁鎌倉ヘ馳下テ、二位殿ニ此由申ケレバ、

「九郎ハ頼朝ガ敵ニハヨクナリヲヽセタリナ。此事今ハイカニツヽムトモ叶

マジ」トテ、討手ヲゾ上セラレケル。

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十〔参河守範頼被誅給事〕　鎌倉殿ノ弟、三川守範頼ヲ大将軍ニテ、六万余騎ニテ上セラル。三

川守少具足計ニテ、熊王丸ト云童ニ冑モタセテ、二位殿ニ対面シ給。

二位殿宣ケルハ、「和殿モ九郎ガ様ニ二ノ舞シ給ナ」ト宣ケレバ、三川守

小具足脱置テ、「争カ其儀候べキ。起請仕ルべシ」トテ、逗留シ給テ、

一目二十枚ヅ、千枚ノ起請ヲ百日ノ間二書テ、二位殿ニ奉給タリケレ

ドモ、用給ハズ。終ニ三川守モ討レ給ニケリ。大将軍ニテ上り給ベキ

三川守ハ討レ給ヌ。其後北条四郎時政三万余騎ニテ都ヘ上ル。

十一〔原田大夫高直被誅事〕　十一月一日、肥後国住人原田大夫高直、此三ヶ年間平家ニ付テ軍ノ

功有シカドモ、若命計ヤ生ラルヽト参リタリシカドモ、終ニ今日切ラレニケリ。

十二〔九郎判官都ヲ落事〕　同二日、判官院御所ニ参テ、大蔵卿泰経ノ朝臣ヲ以テ申ケルハ、「義経兵衛

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佐ガ代官トシテ、君ノ御敵、平家ヲ追討仕候ヌ。父義朝ガ会稽ノ恥ヲ

雪メ、四海ヲ澄シ、日本国ヲ手ニ拳テ候ハ、希代ノ奉公ニ候ワズヤ。而ニ義

経指タル咎モ候ハネドモ、郎等共ガ讒ニ付テ、義経ヲ討ムガ為ニ、北条四郎

時政ト申候家人、三万余騎ニテ罷登由聞候。然バ東国ヘ罷向候テ、日来ノ

軍功ヲモ、又誤無事ノ子細ヲモ頼朝ニ可申候ヘドモ、指ル朝敵ニモ候ハネバ、

罷下候ワズ。京都ニ候テ時政ヲ待付候テ、イカニモ可成一候ヘドモ、為君ノ御一

為人一、其煩有ベク候ヘバ、西国ヘ罷下候ワバヤト存候。庁御下文給り候ナム

ヤ。豊後国住人伊澄、伊栄等ニ始終見放ズ心ヲ一ニシテ、力ヲ可合之由、

被仰下ベク候。且ハ度々ノ軍功争カ思食捨ラレ候べキ。最後ノ所望

此事ニ候」ト申ケレバ、法皇思食煩セ給テ、大蔵卿泰経朝臣ヲ以テ

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近衛殿下ヘ被仰合一。自殿下一蔵人右衛門佐定長ヲ御使ニテ、大政

大臣、左大臣、右大臣、内大臣、堀川大納言等ニ仰合ス。各一同ニ被申

ケルハ、「義経洛中ニテ合戦セバ、朝家ノ御大事タルべシ。逆臣京都ヲ罷

出ハヲダシキ事ニテコソ候ハメ。其上義経ガ心ザマ、為世一為人一、万ヅ情深ク

候ツ。只タビ下サレ候へ」ト被申ケレバ、義経ガ申請ガ如クニ成下サル。緒方、臼

杵、経続、松浦党以下、鎮西ノ輩、義経ヲ以テ大将トスベキヨシ、庁御

下文被成下一ニケリ。義経畏テ賜テ、三日、事ノ由ヲ申入テ、京中ニ

少モ煩ヲイタサズ、卯時計ニ洛中ヲ出ニケリ。備前守行家、惟澄、惟

栄ガ一族相伴フ。彼是凡ノ勢、僅ニ五百余騎ゾ有ケル。関東ニ志アル在

京ノ武士、近国ノ源氏等追懸テ射ケレドモ、事トモセズ。散々ニカケ

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チラシテ、川尻マデハ着ニケリ。大物浦ニテ船ニ乗テ、鬼海、高麗、新羅、

百済マデモ落行ナムト思ケレドモ、平家ノ怨霊ヤ強カリケム、折

シモ西風ハゲシクテ、大物浜、住吉浜ナムドニ打上ラレテ、船ヲ出ニ

不及ケレバ、摂津国源氏、豊嶋冠者ヲ始トシテ、太田、石川ノ若者共、

雲霞ニテ追懸テ、当国小溝ト云所ニテ戦ケレバ、伴ヒタル伊栄行家ヲ

始トシテ、臼杵経続心替シテ引別ニケレバ、与力ノ輩皆チリ／＼”ニ

成ニケリ。京ヨリ具シタリケル女房共モ皆捨置タリケレバ、砂ノ

上、松ノ下ニ袖ヲ片敷、袴フミシダキテ泣臥タリケルヲ、其辺ノ

者共憐テ、都ヘゾ送リケル。其中ニイカヾシタリケム、礒ノ禅師ガ

娘ニ、閑ト云白拍子バカリゾ、判官ニ付テ不見一ケル。義経ハ僅ニ三十

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余騎ノ勢ニテ吉野山ニ籠ニケリ。彼山大雪ノ中ナレバ、オボロケニハ

人カヨフべクモナシ。京ヨリ相グシタリシ女房共モ、皆大物ノ浜ニテ

捨置ツ。礒ノ禅師ガ娘ニ閑ト云シ計ゾグシタリケル。彼大雪ノ中ヘ

行べキヤウナカリケレバ、判官閑ニ宣ケルハ、「イヅクヘモグシ奉リタケ

レドモ、カヽル雪ノ中ナレバ、女房ノ身ニテハ叶マジ。我身モ通ルベシトモ

覚ヘネバ、自害ヲセムズルナリ。此ヨリトク＜都ヘ行ベシ」ト宣ケレバ、

閑泣々申ケルハ、「イカニ成給ハム所マデモ、我命ノアラムカギリハグシ給へ。

ステラレ奉テ堪忍ベシトモ覚ヘズ」トテ泣ケレバ、「誰モサコソハ思ヘドモ、

カヽル大雪ナリ。不力及一。命アラバ尋給へ。我モ尋ム」トテ、金銀ノタグ

ヒトラセテ、郎等ニグセサセテ送ニケリ。郎等此宝ヲトラムトテ、打捨テ

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失ニケレバ、吉野ノ蔵王堂ヘタドリ参タリケルヲ、吉野法師哀ミテ

京ヘ送ケリ。サテ判官ヲバ吉野法師押寄テ打ムトシケルヲ、左藤

四郎兵衛忠信ト申者戦ヒテ、判官ヲバ、

十三〔義経可追討之由被下院宣事〕　十二月六日、美乃近江両国ノ源氏等、義経行家ヲ追罰ノ為ニ西

国ヘ下ル。山陽南海西海三道ノ国々ノ輩、彼ノ両人ヲ召取テ可献之

由、院宣ヲ被下。其状云。

前備前守源行家、前伊与守同義経等、挾（二）野心一、遂ニ趣（二）西海（一）

而、於（二）摂津国一解積一之間、忽。逢（二）逆風之難一。誠是一天之健也。

漂没之聞、堆（レ）有（二）其説一、値令之実、猶非二無疑一。早仰（二）従二位源朝

臣一、不日尋（二）捜在所（一）、令（レ）提（二）搦其身（一）者。

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　　文治元年十二月六日　　　右中弁

十月十六日ニハ義経ガ申請ニ依テ、頼朝ヲ可追罰之由院宣ヲ被下。

今月六日ハ頼朝ガ依申、義経ヲ可追罰之由院宣ヲ被下ケン

世間ノ不定コソ哀ナレ。朝ニ成テ夕ニ変トハ如此一ノ事ヲ可云一ニヤ。

十四〔諸国ニ守護地頭ヲ被置事〕　同七日、関東源二位ノ代官、北条四郎時正上洛シテ、諸国ニ守護ヲ

置、庄園ニ地頭ヲ可成之由申ス。其上庄領国領ヲ不云、段別ニ

兵粮米ヲ充行。「帝王ノ怨敵ヲ罰ツル者ハ半国ヲ給」ト云

事ハ、無−量義−経ニ見ヘタリ。此経ノ十功徳品ニ、「譬如健人、

為王除怨、怨既滅已、王大歓喜、賞賜半国」ト云文アリ。此文ノ

如クナラバ、申所非（レ）無（二）其謂一ドモ、吾国ニハ未ダ其例ナシ。是ハ過分ノ申状也。

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難有御許容一トハ思食セドモ、源二位ノ所被申一、難去被思食ケレバ、

御免有ケルニヤ、諸国ニ守護地頭職ヲヲカレケリ。

十五〔吉田大納言経房卿事〕　吉田大納言経房卿ト申ス人オハシキ。其比ハ勘解由小路ノ藤中納言

トゾ申ケル。ウルハシキ人ト問給テ、源二位被奏問一ケルハ、自今以後ハ

藤中納言ヲ以、天下ノ大小事ヲ可申入之由被申一タリケルトカヤ。

平家ノ時モ大事ヲバ此人ニ被申合一キ。法皇ヲ鳥羽殿ニ押籠進セテ

後、院別当ヲ被置之時ハ、八条中納言長方卿ト此経房卿ト二人ヲゾ

別当ニハ被成タリケル。今源氏之世ニ成テモ、カクタノマレ給ニケルコソ難有一

ケレ。三台以下、参議、前官、当職四十三人ノ中ニ被撰一給ケルコソユヽシケレ。

平家ニムスボオレタリシ人々モ、源氏ノツヨリシ後ハ、或ハ御文ヲ遣シ、或ハ御

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使ヲ下シテ、サマ／＼”ニコソ昵給シカドモ、此卿ハサヤウニ諛ヒ給ヘル事

オワセラレザリケルトゾ聞ヘシ。是ノミナラズ、後白川院、建久二年ノ

冬ノ比ヨリ、御不予ノ御事有ト聞ヘシ程ニ、同三年正月ノ末、二月ニ成

シカバ、今ハ憑少キ御事ニ思食テ、サマ＜”ノ事共被仰置一シ中ニ、御後ノ奉

行スべキヨシハ、彼大納言奉ラレキ。執事ニテ花山院内府オワシキ。近臣

ニテ左大弁宰相定長候ワル。「此人々ノ申沙汰セラレムニ、ナジカハオロ

カナルべキ。思食入テ被仰置一事忝サ」トテ、涙ヲ流シ給ケルトゾ聞ヘシ。

時ニ取テハユヽシキ面目ニテゾオワシケル。十二歳ト申ケル時、父権右

中弁光房朝臣ニ後レ給テ、孤子ニテ憐ム人モナクテオワシケレドモ、

若ヨリ賢者ノ聞ヘオワシケレバ、次第ノ昇進不滞一、三事顕要ヲ兼帯シ、

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夕郎貫首ヲ経テ、参議、左大弁、中納言、大宰帥、遂ニ正二位大納言ニ

至給ヘリ。人ヲ越レドモ人ニハ越ラレ給ワズ。目近世マデ君モ重ク思食シ、

人モ恐レ憚奉リキ。人ノ善悪ハ錐ヲ袋ニ入タルガ如シトイヘリ。実ニ

無隠一者ヲヤ。

十六〔平家ノ子孫多ク被レ失ハ事〕　「サテモ平家ノ一族ト云者ヲバ一人モ不漏一皆可失一。平家ハ一門広カリ

シカバ、定テ子細多カルラム。能＜尋穴グリテ、腹内ヲモ可求一。無沙

汰ニテ末ノ世ノ我子共ノ敵トナスナ」ト、源二位北条ニ返々仰含ラレテケ

レバ、家人郎従等ニ仰テ、手ヲ分テ是ヲ尋ケル上、「平家ノ公達尋出タラム

人ニハ、国庄ニテモ、若ハ訴詔ニテモ所望ニテモ、勧賞ニヲキテハ乞ニヨルべシ」ト、

札ニ書テ辻々ニ立タリケレバ、京中者共、元ヨリ案内ハ知タリケリ、

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勧賞蒙ムトテ、我モ＜ト尋求ケルゾウタテキ。カヽリケレバ多ク

尋出テ七十人ニ及ベり。平家ノ子孫ナラヌ者ヲモアマタ召取

ケルトカヤ。少モヲトナシキヲバ首ヲ切、指殺ス。無下ニ少キヲバ圧

殺、水ニ沈メ、穴ヲ堀テ埋ミナムドゾシケル。乳母ノ歎、母ノ悲イカ計ナリ

ケム。押量レテ無慚也。北条モ子孫多ク持タリケレドモ、世ニ随ヘバ不力及一。

十七〔六代御前被召取事〕　其中ニ権亮三位中将惟盛卿子息ニ、六代御前ト云若君有ム也。

平家ノ嫡々ニテオワスル上、年モヲトナシカムナル者ヲ、争カ是ヲ尋

出ムト、北条思居タリケル程ニ、人ノ所従ノウタテサハ、主ノ世ニ有程ハ随ヘ

ドモ、主迷者ニ成ヌレバ還テ敵ニナルラン風情シテ、惟盛ノ北方ノ忍テ

オワシケル所ニ仕ケル女、忍テ北条ガ宿所六ハラニ行向テ申ケルハ、「遍

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照寺ノ奥、小倉山ノ麓、菖蒲沢ノ北、大覚寺ト云山寺ノ僧坊ニコソ、

権亮三位中将殿ノ若君姫君ハ、此二三年忍テ栖給ヘ」ト云ケレバ、

北条日来聞タカリツルニ、ウレシト思テ、此女ヲバ捕ヘテ誡置テ、心

得タル郎等ヲ一人女ノ躰ニナシテ、彼所ヲ窺見セケレバ、大覚寺ノ

北ノハテニ奥深ナル僧坊アリ。女房共少キ人々アマタ、ユヽシク忍

タル躰ニテスミタルケシキナリ。籬ノ間ヨリ見ケレバ、エノコノ外ヘ

走出タルヲ取ラムトテ、十一、二計ナル若君ノナノメナラズウツクシキガ、

ネリヌキノ小袖キテ走出タリケレバ、内ヨリヲトナシキ女房出テ、

「穴浅猿。カヽル草深キ御スマヒモタレユヘトカ思食ス。今四五日待セ給ヘト

申セバ、聞カセ給ハデ、人モコソ見レ。入ラセ給ヘ」トテ、怱ギ呼入レニケリ。「実ニ

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是ゾソナルラム」ト思テ、怱ギ帰テ、「カク」ト云ケレバ、次日北条三百

余騎ニテ彼ノ所ヘ行向テ、四方ヲ打カコミテ、妻戸ノ間ヘ輿ヲ

差寄テ、人ヲ入テ、「是ニ権亮三位中将殿ノ若君渡セ給之由ヲ

承テ、鎌倉殿ノ御代官北条四郎時政ト申者、御迎ニ参タリ。怱ギ

渡シ奉セ給ヘ」トイワセケレバ、母上ヲ始奉テツヤ／＼ウツヽトモ覚

給ハズ。家中ノ上下声ヲ揚テヲメキ叫ブ。猿程ニ斉藤五兄弟二人

色ヲ失テ申ケルハ、「我等既ニ七重八重ニオシマキテ、マギレ出サセ給

べキ隙候ワズ」トテ涙ヲ流スメリ。女房共ハ余ノ浅猿サニ物ヲダニモ云ハズ、

目ヲ見合テ泣合タリ。母上ハ若君ヲ懐奉リ給テ、「只我ヲ先ニ失ヘ

カシ」トモダヘコガレ給フ。御メノトノ女房モ前ニ倒臥テ、共ニヲメキ叫ブ。日来ハ

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物ヲダニモ高クイワデ、忍テ居給タリケレドモ、有ト有ケル者ハ

声ヲ調テ泣悲モ理也。北条又申ケルハ、「郎等共ヲモ進ベク候

ツレドモ、田舎ノ者共ハ無骨事モゾ候トテ、時政ガ参テ候也。ユメ＜

別御事候マジ。世モ未閑一候ヘバ、四度計無御事モヤ候ワムズラム

ト存候テ、渡シ進候計也。御輿ヨセテ候。トク／＼奉リ候ヘ」ト申

ケレバ、斉藤五、「是ハ日来思儲ツル御事也。驚思食サルべキニア

ラズ。今マデサナカリツルコソ不思議ニテ候へ。トク＜渡シ進セサセ

給へ。叶ワヌ物故、アワテ騒給モ見苦候」ト申ケレドモ、母上カヽへ奉テ

放チ御坐ネバ、若君宣ケルハ、「父ノ御故ニ命ヲ失ワム事、歎カセ給

ソ」ト、母上ヲナグサメ給へバ、是ヲ聞給テ、母上モ乳母モイトヾ声モ

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惜ズ泣レケリ。武キ兵共モ子孫ハ多ク持タレバ、哀ト思ワヌハナカリ

ケリ。北条モ石木ナラネバ、心苦ヤ思ケム、涙ヲ流シテシヲタレタリ。

無情押入テ不及取一ニモ、ツク＜”ト待居ケル程ニ、日モ既ニ晩カヽリ

ケレバ、「サテモ可遁一道ニモ非ズ。武士共ノイツトナク待居タルモ無

意一」トテ、若君ノ御グシ高クユイ、御顔カヒツクロヒ、直垂奉

ラセナムドシテ出シ奉リケレバ、更ニウツヽトモ不覚一、夢カト

ゾ人々思ワレケル。母上ハ引カヅキテ臥ヌ。消入給ニヤト見へシニ、

若君既ニ出給ヘバ、只今ハ限リゾカシト思召ルヽ御心ノ内、イカニスべシ

トモ覚給ワズ。責テノ事ニ、手箱ヨリ黒キ念珠ノ少ヲ取出テ、「何

ニモナラムマデハ是ニテ念仏申テ、極楽ヘ詣レヨ」トテ、若君ニ献リ

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給へバ、母ニハ、「只今離マヒラセナムズ。何クニモ父ノオワシマサム所ヘゾ参リ

タキ」ト宣ケルニゾ、イトヾ哀ニ思シケル。今年ハ十二ニコソナリ給ヘド

モ、十四五計ニミヘテ、ナノメナラズウツクシクテ、故三位中将ニ少モ

違給ハネバ、「穴悲ヤ。アレヲ失テムズル事ノ悲サヨ」トオボスニ、目モ晩

心モ消テ、夢ノ心地ゾセラレケル。既ニ輿ニ乗リ給ケレバ、妹ノ夜叉御

前ナゴリヲヽシミ給ヒテ、「兄御前ハイヅチヘゾヤ。母御前トモツレ給ワデ

只独ハイカニ。我モ行ム。母モ乗給」トテ、走出給ケルヲ、女房泣々

取留テケリ。若君既ニ出給ヘバ、母上、乳母、天ニ仰ギ地ニ臥テ、モダヘ

コガルヽ事ナノメナラズ。斉藤兄弟ハ涙ニクレテ行先モミヘネド

モ、泣々輿ノ左右ニ付テゾ走リケル。郎等共乗タリケル馬ヲ

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下シテ、「是ニ乗レ」ト北条申ケレドモ、「主ノ世ニオワシマシテイワレ

バコソウレシカラメ」ト思テ、度々云ケレドモ、終ニ不乗一ケリ。若君ハ

妹ノ姫君ノシタヒテ泣給ツル事、母上北方ナムドノモダヘコガレツ

ル心苦サナムドオボシツヾケテ、御袖モシボル計リ也。是程

ノ少人独リ取ニ来タル兵ノ多モケシカラズ。日来平家ノ子孫

共尋集テハ、或ハ首ヲ切リ指殺シ、或ハ水ニ沈メ土埋ムナムド、母

上聞置給ケレバ、「哀、我子ヲバイカニシテカハ失ワムズラム。是ハ

ヲトナシケレバ首ヲゾ切ムズラム。イタシトヤ思ワムズラム。怖シトヤ

思ムズラム。何ナリケル契、イカナリケル罪ノ報ヒニテ、カヽルウキメ

ヲミルラム。観音コソサリトモ助給ワムズラムト、深ク恃奉リ

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ツルニ、遂ニ取ラレタル事ノ悲シサヨ。世ニハ乳母ナムドノ本ニ預ケテ

ヲキ、時々見ル人ノ子共モ有ゾカシ。其ダニモ恩愛ノ道ハ悲シキニ、

是ハ生ヲトシテ後ハ今ニ至ルマデ、一日片時身ヲ放タル事

モナシ。朝夕二人ノ中ニヲヽシ立テ、明テモ晩テモ見ニアキダラズ。持

マジキ物ヲ持タル様ニ覚テ、糸惜悲ト思ハ愚也。此三年セハ、今

ヤ今ヤト、夜昼肝心ヲケシテ、明シ晩シツレドモ、只今俄ニ出

来タル不思議ナムドノ様ニサヘ覚ルゾヤ、コヨヒニモヤ失テムズラム」

ト、心中ニハナノメナラズ思ナガラ、遁ガタキ事ト思テ、「我ヲナグ

サメムトテ、イタクナゲカヌサマニモテナシテ、出ゾル面影、生々世々

ニモ妄ルべシトモ不覚一。遂ニハ世ニアルマジキ者ナレドモ、責テハ

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今一度イカヾシテ可見一」ト、音モ不惜一泣モダヘ給モ、ゲニ理ト

覚ヘテ、ヨソノ袂モシホレケリ。日ノクルヽマヽニハ、イトヾ書闇ス

心地シテ、忍ガタクオボサル。日クルレバ若君姫君左右ニフセテ

思ナグサミツルニ、〔一〕人ハアレドモ一人ハナシ。衾モ床モスヾロニ広クオ

ボサレテ、長キ夜ナ／＼露マドロミ給ワネバ、夢ニダニモ見給

ハズ。サレドモ有限一夜モ漸クアケニケリ。サテモイカヾ成ヌラム

ト、シヅ心ナクオボツカナク覚シケル程ニ、斉藤六、々波羅ヨリ

帰参レリ。心地ヲ迷ワシ、怱ギ「何ニ」ト問給ヘリ。「只今マデハ別ノ御事

候ワズ。御文候」トテ、懐ヨリ取出タリ。見給へバ、「夜程モイカニ

心苦ク思召ラム。今マデハ何事モ候ワヌゾ。イツシカ誰々モ恋シク

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コソ候ヘ」ト、オトナシク書給ヘリ。母上此文ヲ御顔ニ押当テ、

引カヅキテ臥給ヌ。実ニ何計カハ思召ラム。斉藤六申ケルハ、

「『イカニアレニ穴倉クオボシメスラム。其ノミゾ心苦キ』ト被仰セ一

候テ、夜部モ物モマヒラズ。終夜ラ御トノゴモリモ入ラズ。ケ

サモ物マヒリタリツレドモ、御手ヲモカケサセ給ワズ。御詞ニハ、

『ワビデアルト申セ』ト仰候ツル」ト申ケレバ、「左様ニ終夜ネモ入ラズ、

夜部モケサモ物モクワヌ程ニ思タルニ、心安ク思ワセムトテ、

カク云ヲコシタル事ノヲトナシサヨ。哀レ、高モ卑モ男子計

心ヅヨキ者コソナカリケレ」トテ、セメテノ事ニハ文ヲ懐ニ引

入テ又倒臥給ヌ。「程フレバ時ノ程モオボツカナク思進候ニ、怱ギ

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帰参テム」ト申ケレバ、母上オキ上リ給テ、昨日ヨリ流ルヽ涙ニ

御目モクレテ、筆ノ立所モソコハカト無レドモ、只思フ心計ヲ

コマ＜”ト書給テ、斉藤六ニタビ給ヘバ、ヤガテ走帰ニケリ。若君ハ

返事細ニ見給テ、涙ニゾ咽給ケル。御乳母ノ女房ハ責ノ思ノ

余リニ、夜ヲ待アカシテ、六波羅ノ方ヘ尋行ケル程ニ、道ニ四十計

ナル尼ノ、近クサマカヘタリト覚ヘテ、未カネナムドモ不落一ケ

ルガ、深物思タル気色ニテ涙ヲ流テ逢タリケルニ、「物思人ハ世ニ

モ又有ケル物ヲ」ト思テ、「血ノ中ヨリ生シ奉タリツル若君ヲ、

昨日武士ニ取レテ、悲キ余ニ迷アリクナリ。ソレニハ何事ヲ歎

給ゾ」ト問ケレバ、「我モ九ニナリ給ツル養君ヲ、此四五目北条トカヤ

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申、源氏ノ郎等ニ取レテ、足ニ任テ迷行也。身ニツミテ糸惜コソ

思ヒ奉レ。誠ヤ、此奥ニ高雄ト云山寺ニコソ、文学房トカヤ申テ聖ノ

オワスルガ、『上臈ノ君達ノ皃ヨカラム尋テ弟子ニセム』ト宣ナレ。鎌

倉ニモユヽシキ大事ノ人ニシ給ナルゾ。若ヤト、其ヘ尋オワシテ申テ

ミム」トテ、彼尼ヲ具シテ高雄ノ山ニ尋入テ、聖ノ坊ノ辺ニタヽズミ

ケレバ、聖見逢テ、「アレハ何ナル人々ゾ。女人ヲ不入一レ所ヘ」ト云ケレバ、

二人ノ者共近ク歩ミヨリテ、「血ノ中ヨリ生立テ、今年ハ十二ニ成

給ツル若君ヲ、昨日武士ニ取レテ候ゾヤ。イカニモシテ乞請サセ

給テ、御弟子ニセサセ給ヘヤ」ト云モアヘズ、聖ノ前ニ臥マロビテ、手ヲ

スリ声ヲ上テヲメキ叫ブ有様、実ニアサカラヌ歎ト覚タリ。聖サル

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人ニテ無慚ニ覚ケレバ、事ノ次第ヲ委ク尋ケリ。女房ヲキ直テ

泣々申ケルハ、「平家ノ小松三位中将殿ノ北方ノ、親クオワシマス人ノ

御子ヲ取テ、少ヨリ養ヒ奉リツルヲ、三位中将殿ノ実ノ御子ト

ヤ、子細知ヌ人ノ申タリケム、昨日武士共来テ取テ、六波羅ヘトテ

罷ニキ。何カヾ成給ワムズラム」ト云モアヘズ、サメ＜”ト泣ク。聖、「少キ人ヲ取

ケム武士ヲバ誰トカ云シ」ト問ケレバ、「北条四郎トコソ申候ツレ」ト

云ケレバ、「サテハ北条ナラバ安キ事ゴサムナレ。ヤガテ行向テ尋

見ム」トテ、ヒラ足駄ハキナガラ出ニケリ。此事ヲ馮べキニハアラネ

ドモ、思遣ル方ナカリツルニ、聖ノ詞ニイサヽカナグサム心地シテ、其ヨリ

怱ギ大覚寺ヘ帰リ、母上ニ「カク」ト申ケレバ、「暁ヨリ不見一ツレバ、身バシ投ニ

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出ニケルヤラムトサヘ覚テ、我身トモ堪テナガラウベシトモ思ハネバ、

水ノ底ニモ入ナバヤト思立テアルガ、猶モ心ノアルヤラム、此姫君ノ

事ヲ思ニ、今マデヤスラヒツルゾ」トテ、又声ヲ立テ泣給フ。「聖ノ

申ツル様シカ／＼候」ナムド細ニ語ケレバ、母上手ヲスリテ、「哀レ仏ノ

御助ニテ乞請テ、責ハ今一度ミセヨカシ」トテ、ツキセヌ御涙セキアヘ

ズ。　サアル程ニ、文学北条ガ許ヘ走付テ、事ノ次第ヲ尋ケレバ、北

条申ケルハ、「二位殿ノ被仰一候シハ、『平家ノ子孫多京中ニ隠テ有ト

聞ユ。男子ニオキテハ能＜尋求テ悉ク可失一。中ニモ権助三位中将ノ

男子、中御門大納言ノ娘ノ腹ニ有ト聞ユ。平家嫡々ノ正統也。必ズ求

出シテ可失一』ト候シヲ、末々ノ少キ人々ハアマタ尋出タリツレドモ、此ノ

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若君ハイカニモ在所ヲ不知一ツレバ、尋カネテ、不及力一罷下ラム

トシツル程ニ、思ワヌ外一昨日聞出シテ、奉迎政一タルガ、ナノメナ

ラズ皃形モウツクシク、心ザマワリナク糸惜テ、未ダトモカクモセデ

置奉リタリ」ト申ケレバ、文学、「サテハ其君ハ何クニゾ。イデ

見奉ラム」ト云。北条、「スハ奉見一給へ」トテ、ソバノ障子ヲ引アケタリ

ケレバ、若君ハ二重織物ノ直垂着給テ、黒キ小念珠ヲ怱ギ懐ヘ引

入給ケルゾ糸惜キ。「世ノ末ニイカナル敵ニナルトモ、イカヾ是ヲバ可失一」

トゾ思ケル。カブシモトユイギワヨリ始テ、袖ノカヽリ袴ノスソマデ、

タヲヤカニウツクシクテ、此世ノ人トモ見給ワズ。今夜打トケネ給ハ

ザリケリト覚シクテ、少シ面ヤセテ立給ヘルニ付テモ、イト心苦ク

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イタワシクゾミヘ給ケル。聖ヲ打見テ、何ニトカ覚シケム、顔

打赤メテ涙グミ給モ糸惜シ。怖シゲナル木聖ナレドモ、涙ヲ流シ

ケリ。斉藤兄弟モ御前ニ居テ、若君ノ顔ヲ打見テ、サメ＜”ト泣

居タリ。北条モ石木ヲツラネヌ身ナレバ、共ニ涙ヲ流シケリ。良シバ

ラク有テ、文学北条ニ申ケルハ、「此若君ヲ見奉ルガ、前ノ世ニイ

カナル契ノ有ケルヤラム、余ニ糸惜覚レバ、暁鎌倉ヘ下テ申請バヤト

存ズル也。今廿日暇ヲユルシテ待給ヘ。聖ガ鎌倉殿ニ忠ヲ尽シ、功

ヲ入奉リタリシ事ハ、皆見聞給シ事ナレバ、今更ニ申ニ不ル及事

ナレドモ、故下野殿ノ首ヲ頸ニカケテ献リシヨリ、千五百里ノ道ヲ

遠トモ不思一ハ。カテ粮料ノ支度ニモ及バズ。足柄筥根ヲ胯ニハサミテ

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七日八日ニヲリ上リ、聖ガ流人ノ身トシテ、摂津経嶋、楼ノ御所ニ

参テ、右兵衛督光能朝臣ヲ以申入テ、院ノ御気色ヲ伺テ、院

宣ヲ申給テ、或時ハ富士川大井川ニテ飢ニ臨テ命ヲ失ムトス

ル事モアリ。或時ハ宇津山高志山ニテ山賊ニ合テ神ヲケス

事モ度々也。契ヲ深シテ命ヲ浅クス。加様ニセシ時ハ、『我世ニ有バ、

何ナル事ナリトモ、一期ノ程ハ聖ガ云事ヲバ違マジ』トコソ宣シカ。

鎌倉殿受領神託給ハズ、昔ノ契ヲ忘レ給ワズハ、ナドカ此児一人

ヲバ預給ハザルべキ。廿日ガ程ヲ待給ヘ。夜ヲ昼ニナシテ、ヤガテ下テ

申請ベシ」トテ、聖出ニケレバ、二人侍共是ヲ更ニウツヽトモ覚ヘズ。

「余ニ思事ナレバ、仏ノ来テ宣ヤラム」トサヘ思テ、三度伏拝ミテ、

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悦ノ涙ヲゾ流シケル。此度ハ斉藤五怱ギ大覚寺ヘ行テ、聖ノ申

ツル様ヲ有ノマヽニ申ケレバ、母上ヲ始奉テ、悦事ナノメナラズ。聖

トヲリ様ニ若君ノ乳母ノ女房ニ尋合テ申ケルハ、「先世ニ聖ガ

命ヲ生ラレ奉リタリケルヤラム、若君ヲ見奉ガ余ニ糸惜ク

覚レバ、暁鎌倉ヘ下テ申請奉ラムズルゾ。若御許サレアラバ、聖ガ

坊ニ置奉リ給ヘ」ト申ケレバ、乳母手ヲ合セ、悦ブ事無限一。「命ヲ

生奉リ給ナム上ハ事モヲロカヤ。只トモカクモ聖ノ御計ニコソ」

トテ、ウレシキニ付テモ又涙ニゾ咽ケル。鎌倉ノユルサレハ知ネドモ、

聖ノ詞モタノモシキ上、先廿日ガ命ハ延ヌルニコソト、母上モ乳母モ

心ザシ落居ニケリ。是直事ニ非ズ、偏ニ長谷寺観音ノ御助ニ

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テアレバ、始終モタノモシク覚テ、今日ヨリ日ヲ算テ、聖ノ

帰上ルヲゾ待タレケル。夜ノ明、日ノ晩ルヽモ心モトナク思ケリ。

明ヌ晩ヌトスルホドニ、廿日モスギヌ。日数ノ積ニ付テハ、イカニシ

テケル事ゾヤト、今更ニモダヘコガル。北条思ケルハ、「聖ハ廿

日トコソ云シニ、イカニシテ今日マデミヘヌヤラム。御ユルサレノ

ナキニコソ。誠ニ道理也。此若君末々ノ人ニテモナシ。平家嫡々

ノ正胤ニテ、年モ既ニ十余歳ノ人ナレバ、争カユルサルべキ。何様ニモ

京ニテ年ヲクラスべキニアラズ。下リナム」トテ、既ニヒシメキケ

レバ、二人ノ者共アサマシク心憂覚テ、手ヲ捧ゲ心ヲ摧ドモ、聖モ

上ラズ、使ヲダニモ上セネバ、思遣方モナク、若君ヲ打見奉テハ

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只泣ヨリ外ノ事モナシ。若君モ指ガ心細ゲニオボシタリ。既ニ

暁ニ成ニケレバ、二人ナガラ大覚寺ヘ行テ、「聖モ今マデオトモ

セズ。サレバトテ京都ニテ年ヲクラスベキニアラネバトテ、北条

既ニ暁立ベキニテ候。鎌倉ヘモ下付ズ、道ニテ失奉ラムズルコソ。

北条ヨリ始テ家子郎等共モ、若君ヲ見奉テ、ソヾロニ涙ヲ流シ

候メリ。遂ニイカニ見成マヒラセテムズラム」トテ、二人ノ者共袖ヲ

皃ニ押当テオメキ叫。是ヲ聞給ニ、母上モ乳母モ、イカニスベシト

モ覚給ワズ。母上、「二人ノ者共、サテ己等ハイカヾ思」ト問給ヘバ、「イカ

ナラム所マデモ付マヒラセテ、切ラレサセ給タラバ、御ムクロヲモ取

納奉リテ後ハ、ヤガテ頭ヲオロシ、山林ニモ交リテ、後生ヲ訪マ

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ヒラセ候ベシ」ト申ケレバ、母上手ヲ合テ喜給中ニモ、「我等コソ若

君ニハ訪ワレムズル身ト思シニ、露命キヘヤラデ、アノ為トテ仏ニ

申ム事コソ逆ナレ」トテ、涙ニ咽給フ。ゲニト覚テ哀也。聖ノタノ

モシゲニ申テ下リニシ後ハ、少シタノモシカリツルニ、既ニ暁ニ成ヌレバ、

若ヤト覚シツル憑ミモヨハリハテヽ、頭ヲ指ツドヘテ泣ヨリ外ノ事モ

ナシ。日モ晩レ夜モ深ヌレバ、イトヾ消入心地シ給テ、シバシマドロミ

給タリケルガ、程ナク驚テ、母上、乳母ノ女房ニ泣々語リ給ケルハ、「只

今チト寝入タリツル夢ニ、此児白キ馬ニ乗テ来リツルガ、『余ニ恋ク

覚ツレバ、時ノ程イトマヲモ乞テ、参リタルゾ』トテ、傍ニ居テサメ＜”

ト泣ト見ツルゾヤ。無程一サメヌル事ヨ」ト、宣モアヘズ泣給フ。乳母ノ

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女房モ是ヲ聞テ、共ニ涙ヲ流ス。是ヲ聞、ヨソノ袂マデモヌレヌハ

ナカリケリ。

十八〔六代御前関東ヘ下給事〕　十二月十六日、北条若君ヲ奉具一、マダ夜ノ中ニ六波羅ヲ立ニ

ケリ。斉藤五、斉藤六、若君ノ最後ノ所マデト思ツヽ、泣々共ニゾ

下ケル。住馴シ都ヲバ雲井ノヨソニナシハテヽ、片時モ立離レジト覚シ

ケル、母上乳母ヲモ振捨テ、難去一人々ニモ別レテ、見ナレヌ兵ニ具セ

ラレテ、今ハ限ノ東地ヘ趣キ給心ノ内、サコソハ覚シケメト押量ラル。道

スガラ駒ヲ早ムル人アレバ、「我頸ヲ打ムズルヤラム」ト心ヲ尽シ、傍ニサヽ

ヤク者アレバ、「只今カ」ト肝ヲケス。「相坂カ四宮川原カ」ト思ヘドモ、大

津浜ニモ成ニケリ。「粟津カ野路カ」ト疑ドモ、今日ノ日モハヤ晩ニケリ。

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「昨日一定」ト思シニ、其日モ空ク晩過テ、鏡ノ宿ニ着ヌレバ、「明日ハスギ

ジ」ト思ヘドモ、其日モ又晩ニケリ。何ニイブキノ峯ニ生ル、サシモ

思ノシゲルラム、アフサカノハカナキ旅ト思ヘドモ、美濃国不破関

屋モ打過テ、尾張国ニモ成ヌレバ、何ニ鳴海ノ塩引潟、涙モ浪モ

諸共ニ、袖ニ懸テゾ通ラレケル。参川ノ八橋打渡り、遠江国浜名橋

ヲモ過ヌレバ、駿河国千本ノ松原ト云所ニモ成ニケリ。北条コヽニ

下居テ、切手ニハ狩野工藤三親俊ト云者ヲ定テ、敷皮シキテ、

若君ヲ奉居一テ、北条二人ノ者共ヲ呼放テ申ケルハ、「今ハ鎌倉モ

既ニ近成タリ。各是ヨリ帰上リ給ヘ。是ヨリ奥ハナニカ穴倉思ハル

べキ」ト云ヘバ、二人ノ者共思ケルハ、「若君ヲバコヽニテ奉失一ズルヨ」ト、

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胸セキ、物モ不覚一。「此三ヶ年之間、夜ル昼ル奉付一テ、一日片時ハナ

レ奉ラズ。イカニモ成ハテ給ワムヲ見ハテ奉ラムトテコソ、是マデ

モ参リタレ」ト申テ、涙モセキアヘズ泣ク。北条モ石木ナラネバ、涙ヲ

ヲシノゴイテ若君ニ申ケルハ、「是マデモ下リテ候ツレドモ、今

日マデハ聖モミヘ候ワズ、使ヲダニモ上セ候ハネバ、力及候ワズ。鎌倉ト

申ハ、今一日路二日路ニ不過一候。足柄山ヲモ可越一候ヘドモ、聖筥

根越ニテモヤト、猶オボツカナクテコソ、コヽニハ逗留シテ候へ。サ

ノミ日数ヲ経テ奉具一、山ヲ越候ワム事、鎌倉殿ノ聞給ワム事

其恐候へバ、近江内ニテ失マヒラセテ候ヨシヲ申候べシ。日来不浅一

奉思一候志ノ程ハ見ヘマヒラセ候ヌ。今ハ先世ノ御事ト被思食候テ、

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世ヲモ人ヲモ神ヲモ仏ヲモ奉恨一御心無シテ、閑ニ御念仏

候べシ。一業所感ノ衆生ニテマシ＜ケレバ、争カ遁レサセ可給一」ト

申ケレバ、若君此御返事トオボシクテ、二度打ウナヅキ

給ケル心ノ内コソ悲ケレ。サテ若君西ニ向テ、今ヲ限ノ念仏ノ

御音モ乱テゾ聞ヘケル。北条又申ケルハ、「『平家ノ公達尋

取タラバ、暫モ不可置一。怱ギ失奉レ』ト、度々仰ヲ奉リテ

候シカドモ、此若君ノ御事ハ、聖難去一被申一候シカバ、今マデ

ハ相待ドモ、約束ノ日数も過テ久ク成ヌ。サレバ御免ノ無ニコソ。

日来ナジミ奉リテ、イカニシ奉候べシトモ不覚一」トテ、北条

涙ヲ流シケリ。家子郎等モ皆袖ヲゾヌラシケル。若君、二人ノ

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者ニ宣ヒケルハ、「母ノ御許へ御文マヒラセタケレドモ、筆ノ立ドモ

覚ヘネバ、詞ニテ、『道ノ程別事ナク鎌倉ニ送置ツ』ト申べシ」トテ、

涙ヲ流給ヘバ、二人ノ者共申ケルハ、「君ニ後レマヒラセテ、安隠ニ都マデ

上着ベシトモ覚ヘ候ワズ。道ニテコソ何ニモ成候ワムズラメ」トテ、前ニ

臥マロビテ、オメキ叫ケレバ、若君又宣ケルハ、「構テ参付。宮仕能々

スべシ。我ナケレバトテ、母ノ御事、少モ日来ニ替テ、オロカニ思奉

ナ」ナムド、オトナシク宣ケルゾ糸惜キ。日モ晩ニケレバ、「サリトテハト

ク＜」ト勧ケレドモ、親俊以下ノ家子郎等モ涙ノミ流テ、辞モハリテ、

「力及バズ」トノミ申ケレバ、「サテハ、サハイカナルべキゾ」ト、北条思煩ケリ。

十九〔六代御前被免給事〕　斉藤五ハ余ノ事ニテ、キモ心モ身ニソワズ思ケレドモ、若君ヲ

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マボラヘタリ。斉藤六ハ、若シ聖ヤ上ルトテ、遙ニ見亘テ

居タリケル程ニ、墨染ノ衣袴キタル僧ノ葦毛ナル馬ニ乗テ、

文袋頸ニカケタルガ、鞭ヲ揚テ馳上ヲ、何カナル者ナルラムト

見程ニ、高雄ノ聖ノ弟子ナリケリ。怱ギ馳ヨリテ、馬ヨリ飛

下テ、「若君ユリサセ給タリ。アシコニ逢タリツル者共、物語ニスル

ヲ聞バ、『千本ノ松原ニコソ、武士ノ二三百騎ガ程下居テ、ヨニウツクシ

カリツル若君ヲ引スヘテ、首切ムズル気色ニテ有ツルヤ。

イカナル人ノ御子ナルラム。糸惜ヤ。今ハ切モヤシツラム』ト云

ツル時ニ、『哀、此御事ゴサムナレ』ト思テ、『武士ヲバ誰トカ聞ツル』ト問

へバ、『北条殿トカヤ申ツル』ト答ツル時ニ、若アヤマチモヤセサセ

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給トテ、『今一足モ先ヅ馳ヨ』ト、聖ノ被仰一ツル時ニ、先ニハセテ候」ト云ケ

ル程ニ、聖モハセ付ニケリ。「イデ＜二位殿ノ御文」トテ、文袋ヨリ

取出タリ。北条怱ギ取テミレバ、御自筆也。「小松三位中将惟盛ノ

子息、十二歳ニナルヲ尋出サレタムナル、未ヲカレタラバ、高雄ノ聖ニ

預置ルべシ。難去一申請ラルヽニヨ（ッ）テ、聖ニ免申トコロナリ」トゾ

被書タリケル。高ハヨマネドモ、「神妙々」トテ打置ケレバ、「ゲニユリ

給ニケリ。余ニ糸惜奉見一ツルニ」トテ、家子郎等面々ニ悦アヘリ。

是ヲ見聞二人ノ者共ガ心ノ中イカバカリナリケム。聖リ高声ニ

申ケルハ、「此若君ハ平家嫡々正統ナル上、父ノ三位中将ハ初度ノ

討手ノ大将也。サレバ方々難被宥一之由再三宣ツレドモ、『聖ガ

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心ヲ破テハ、二位殿争カ冥加モオワスべキ。若此事聞給ワズハ、

ヤガテ大魔縁ト成テ恨申ムズル』ナムド、カラカヒ奉リツル

程ニ、今日マデ有ツレバ、心本無クコソ思給ツラメ」ナムド、タカ

ラカニ打咲ケル気色、傍若無人ニコソミヘケレ。北条申ケル

ハ、「『廿日ガ程待べシ』トコソ宣シニ、　其日数モ過シカバ、御免サレノ

無ヨト心得テ下リツルニ、カシコクアヤマチ仕ルラムニ」トテ、

鞍置タル馬ニ疋引出テ、二人ノ者共ニトラス。日来ノ情、難

有一カリツル事共ナムド思ツヾケテ涙グミケレバ、若君モ物

コソ宣ワネドモ、余波ヲ惜ゲニ思食テ泣給ヘバ、北条モ涙ヲゾ

流シケル。「一日モ送り進スべケレドモ、怱ギ申べキ大事共ア

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リ」トテ、北条ハ下リニケリ。若君ハ是ヨリ聖ニ相具テ帰上ラル。

今片時ダニモヲソカリセバ失奉ルべキニテ有ツルニ、蘇生給ニ

ケルコソ難有ケレ。二人ノ者共モウツヽトモ不覚一。聖ハ若君ヲ

前ニ立テ、夜昼ル怱ギ上ル。日数モ積レバ、文治元年ノ年ノ晩ニテ

有ケレバ、尾張国熱田社ニテゾ年ハコヘニケル。明ル正月五日ハ文学ガ

里坊、二条猪猥ノ宿所ヘゾ上着ニケル。

二十〔六代御前大学寺ヘヲハスル事〕　文学京ヘ上付タレバ、若君ヤガテ大覚寺ヘオワスべキニテ有ケレ

ドモ、旅ノツカレヲモ安メムトテ、夜ニ入テ大覚寺ヘオワシケル。若君ミ

給ヘバ、タテ納テ人モナシ。近程ノ人ニ問バヤト思ヘドモ、人モ閑リテサヨ

モフケテ、トガムル犬ノ音澄程ニナリニケリ。昔シ手ナレシ飼シエノコ、

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マガキノヒマヨリ走出、尾ヲ振テナツカシゲニテ向タリケレバ、「我ヲ見

ワスレヌ物ハ己計コソ残タリケレ。母御前、メノトノ女房、妹ノ姫君イヅ

クニゾ。我下リシ時、思ニ絶ズシテ、身ナムドヲ投給ニケルヤラム。又

平家ノユカリトテ、武士ノ取テムゲルカ」ナムド心ウクテ、問ハマシキ

程ニ思ワレケレドモ、ナジカハ答ベキナレバ、思ナガラサテヤミヌ。イ

ヅクヘオワスべキナラネバ、コヨハコヽニ留リテ、主無宿ニ独居テ、ツク＜

トアリシ道スガラノ事共思ツヾケ給フ。「カイナキ命ノ惜カ（ッ）ツルモ、

帰リ上リタルウレシサモ、コノ人々ヲ今一度見奉、見ヘ奉ムガ為ニコソ

有ツルニ、コハイヅクヘゾヤ。只有シ松原ニテイカニモナラデ、再物ヲ

思コソ悲ケレ」ト覚スゾ糸惜キ。夜モ漸アケニケレバ、猶其アタリヲ

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コマカニタヅネケレバ、或人、「イサトヨ、過ニシ比、奈良ノ大仏ヘ詣給テ、

ヤガテ長谷寺ヘ詣給ニケルナムドゾ、ホノ承ハリシ」ト、詳ナラズ云ケレ

バ、サモ有ラムトテ、斉藤五怱ギ長谷寺へ詣ヌ。若君ハ聖ニ具テ、

泣々高雄ヘオワシニケリ。

廿一〔斉藤五長谷寺ヘ尋行事〕　斉藤五長谷寺ニ詣着テ、寺中ヲ尋ケレドモ尋逢ザリケレバ、

浅猿ト思テ、御堂通夜シテ終夜人ノ声々ヲ聞ニ、礼堂ニ屏風立タル

内ニ、女房声ニテ観音経ヲ読テ、「別ニシ人ニ此世ニテ今一度合給ヘ」ト、

泣々申ヲ聞バ、乳母ノ女房ノ音也。斉藤五ウレシト思テ、屏風ノ

際ヘ立寄テ、「若君ハ還り上ラセ給テ候ゾ」ト、忍ビヤカニ申タリ

ケレバ、母上、御乳母、「イカニヤ＜」ト宣ヤリタル方モナシ。ウレシキニ付

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テモ、二人ノ人々又涙ヲゾ流サレケル。若君都ヲ出給ニケル日

ヨリ此寺ニ籠給テ、夜昼御堂ニ臥沈テ、血ノ涙ヲ流テ祈申

給ケル験ニヤ、大慈大悲ノ御誓、罪アルモ罪ナキモ助給事

ナレバ、昔モ今モカヽルタメシ多カリケリ。法花ノ普門品ニ云ク、

「設復有人、若有罪、若無罪、紐械枷鎖、検繋其身、称

観世音、菩薩名者、皆悉断壊、即得解脱」ト云へリ。末代ト云

ナガラ、不思議ノ利生ト覚ヘタリ。観音ニ暇申テ泣々怱出給

タレバ、若君ヤガテオハシタリ。奉見一給ニ付テモ猶ウツヽトモ

覚給ワズ。日来月来オボシヽ事共、細々ト語リ給ニモ、尽セヌ

物ハ只御涙計也。暫クカクテ副奉リタクオボシケレドモ、「世ノ

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聞ヘシモツヽマシ。又聖ノ思ワム事モアレバ」トテ、怱ギ立帰り、高

雄ヘ登給ニケリ。聖ナノメナラズカシヅキ奉テ、二人ノ侍ヲモ

憐ミ、母上ノ大覚寺ノスマヒノ幽ナルヲモ訪ヒ奉リケルコソヤサ

シケレ。十二月十七日、源二位ノ申状ニ任テ、大蔵卿泰経、右馬権

頭経仲、越後守隆経、侍従能成、少内記信康、被解官一ケリ。上

卿ハ左大臣経宗、職事ハ頭弁光雅朝臣ナリケリ。大蔵卿父

子三人被解官一ケル事ハ、義経彼卿ヲ以テ毎事奏聞シケ

ル故トゾ聞ヘシ。能盛ハ義経ガ同母弟、信康ハ義経ガ執筆也。又左

馬権頭業忠、兵庫頭範綱、大夫尉知康、同尉信盛、左衛門尉

時定、同尉信貞等、為加其刑一ヲ、自関東召下トゾ聞へシ。同晦日、

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解官并流人宣旨ヲ被下一ケリ。参議親宗、右大弁光雅、

刑部卿頼経、左馬権頭業忠、大夫隆職、兵庫頭範綱、左

衛門尉知康、同尉信盛、同尉信貞、同時盛、被解官一ケリ。

光雅朝臣ト降職トハ官符ヲ被下ケル故トゾ聞ヘシ。泰経卿ハ

伊豆、頼経朝臣ハ安房ヘ配流之由、被宣下一ケリ。威君一僣臣一、

不異平将一。時政已執（二）テ天下之権一、弘惣（二）衆人之心（一）レバ、諸公卿、

大連（二）紫綬於座右（一）、並（二）翠榻於門下（一）ケリ。去廿七日、可

預議奏一ニ人々ノ交名ヲ、源二位、自関東一注進ス。右大臣兼実、

内大臣実定、三条大納言実房、中御門大納言宗家、

堀川大納言忠親、権中納言実家、源中納言通親、藤中納言

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経房、藤宰相雅長、左大弁宰相兼光ナリ。今度源二位

注進状ニ入レル人ハ、其威ヲ振ヒ、不入一ラ人ハ、其勢ヲ失フ。世ノ重ジ人ノ

帰スルコト、平将ニ万倍セリ。是人ノ非成一ニ、天ノ所（レ）与也。右大臣

可（レ）被（レ）下（二）内覧宣旨一之由、同被申一タリケレバ、法皇ヨリ、「政務

雅不（レ）足（二）其器（一）、無（レ）可（レ）譲（二）人間（一）。自然ニ口入ス。此不意ノコトナリ。与

今頼朝卿有り」〔ト〕申ケル。

廿二〔十郎蔵人行家被搦事付人々被解官事〕　サテモ鎌倉ヨリ使、鏡ノ宿ニ馳向テ、北条ニ申ケルハ、「十郎蔵人

行家、志多三郎先生義憲、河内国ニ隠コモリタル由、其

聞ヘアリ。道ヨリ馳帰テ、怱ギ誅テ可献一」トアリケレドモ、「我

身ハ大事ノ召人具テ、是マデ下リタルニ、還上ルベキニアラズ」

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トテ、北条ガ甥ニ北条平六時定トテ、都ノ守護ニ置タリ

ケルガ、門送ニ宿マデ打送タリケルニ、彼人ヲ誅テ奉ルべキ

ヨシ申付ケレバ、平六京へ馳帰テ、郎等大源次宗安ト云者

ノ有ケルヲ召テ、「イカヾハスべキ。彼人々ノ在所ヲ知タラバ

コソ搦モセメ」ト云ケレバ、宗安尋伺ケル程ニ、「十郎蔵人ノ在所知

タリ」ト云寺法師ヲ尋出タリ。即彼僧ヲ召テ尋ケルニ、「我ハ不知。

彼人知タリ」ト云ケレバ、「サラバ彼僧ノ有ラム所ヘ引導セヨ」トテ、件ノ僧ヲ先ニ

立テ、ヨセテ搦ントスルニ、　彼僧申ケルハ、「何故ニ搦ラルべキゾ。十郎蔵人ガ

在所知タム也。サラバ、教ヨトコソイハメ、可被搦様ヤ有」ト云ケレバ、「知程ナレバ、

同意シタル覧トテ搦也。イヅクヘ行べキゾ」。「天王寺ナル処ニコソ有メ。人ヲ

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指副ヨ。下テ教ン」ト云ケレバ、兵共ヲ指副テ下シケリ。信乃国ノ住人笠原

十郎国久、同国住人桑原ノ二郎、井上ノ九郎、常陸国ノ住人

岩下太郎、同次郎、下妻六郎、伊賀ノ国ノ住人服部平六等ヲ

始トシテ、都合卅余騎ニテ下シケリ。十郎蔵人ハ、窪津学頭兼春ト

云伶人ガ許ト、秦六秦七此等両三人ガ許ニ行通テ有ケルヲ、二手ニ分テ

押寄タリ。此事ヲヤ漏聞タリケン、彼コヲバ落ニケリ。兼春ガ娘二人アリ。二人

ナガラ行家ガ思者ニテ通ケリ。是等ヲ捕へテ問ケレド、「我モ不知」「＜」トゾ云ケル。

「ゲニモ世ヲ怖テ落ル程ノ者ガ、在所ヲ女ニ知スル事ハアラジ」ト、二人ノ女ヲ召取テ

京ヘ上ル。又或者京ヘ上ル。北条ノ平六ニ値テ、「某ガ許ニコソ此四五日アヤシ

バミタル人ハ忍テ立宿テ候ヘ。一定十郎蔵人殿ニテ渡セ給ト覚候」ト

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申ケレバ、平六喜テ、「何ナル人ゾ」ト問ケレバ、「和泉国八木郷住人、八木ノ

郷司ト申者也」ト云ケレバ、「折節人ハナシ。云何ガセンズル」ト思テ、又大

源次宗安ヲヨビテ、「何哉、己ガミヤダテタリシ山僧ハ有カ。召テ

参レ」トテ、宗安ヲ遣ス。是ハ西塔法師ニ常陸房昌命ト云者也。

昌命軈来タリケレバ、平六出合テ、「十郎蔵人ノオハスル所ヲ今朝

人ノ告タルゾ。御房下テ打給テ、鎌倉殿ノ見参ニ入給」トテ、家子

郎等ヲ指副テ天王寺ヘ下シテ、人モナカリケレバ、ヤガテ大源

次ヲ始トシテ、中間雑色トモナク廿余人付タリケレバ、具テ

下ル。天王寺ヨリ帰上ル勢ハ河内路ヲ上ル。昌命ハ江口ノ方ヲ下リ

ケレバ、道ニハ行合ザリケリ。行家ハ天王寺ヲ逃出テ、熊野ノ方へ

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落ケルガ、歩行ニテハ有ケリ、一人具シタル侍ハ足ヲヤミテ延

ヤラザリケレバ、彼ノ八木ノ郷司ガ許ニ立入タリケルヲ、家主ノ

男告タリケルナリ。昌命鞭ヲ上テ彼所ヘ馳ヨリテ、人ヲ入レテ

ミスルニ、彼ノ家ニモナカリケレバ、込籠ヲ打破リ、板敷ヲ放テ天井ヲ

コボチテサガシケレドモ、不見一ケレバ、昌命不及力一、大路ヘ立出テ

ミレバ、百姓ノ妻ト覚シキ下種女ノ通ケルヲ捕ヘテ、「是ニ此程アヤ

シバミタル旅人ノアムナルハ、イヅクノ家ニ有ゾ。申サズハシヤ頸ヲ

打切テステムズルゾ」トテ、大刀ノツカニ手ヲカケヽレバ、女怖シサノ

余ニ、サガシ給ツル家ノ隣ニ大ナル家ノ有ケルヲ指テ、「アレニコソ主

従者、イカナル人ヤラン、忍テ候トハ聞候ヘ」ト云ケレバ、昌命ヤガテ

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押寄テ打入テ見レバ、四十計ナル俗ノ、褐衣ノ直垂小袴キテ、

紅梅ノ檀紙ニテ口裏タル唐瓶子取マカナヒ、銚子〓取ヲキテ、

肴菓ナムド取チラシテ、既ニ行ワムトスル所ニ、昌命ガ打入ヲ

見マヽニ、彼男後ノ方ヘ北ヲ差テ逃ケレバ、昌命「アマスマジキゾ」

トテ、大刀ヲ抜テ追テカヽル。十郎蔵人ハ内ニ居タリケルガ、是

ヲ見テ、「アノ僧、ヤレ、其ハアラヌ者ゾ。行家ヲ尋ヌルカ。行家ハ爰ニ

有ゾ。返レ／＼」トイワレケレバ、昌命声ニ付テ馳帰ル。昌命ハ大刀

打付タル黒革綴ノ腹巻ニ、左右ノ小手指シテ、三枚甲キテ、

三尺五寸アル大刀ヲゾハキタリケル。行家ハ白直垂小袴ニ、打

烏帽子ニエボシアゲシテ、右ノ手ニ大刀ヲ抜キ、左手ニ金作ノ

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大刀ノツバモナキヲ抜テ、額ニアテヽ、ヌリゴメノ前ニテ待懸

タリ。彼大刀ノツバワ熊野権現ヘ誦経ニ献ゼラレタリケルト

カヤ。昌命馬ヨリ飛下テ、「アノ大刀ナゲラレ候ヘヤ」ト云ケレ

バ、行家大ニアザワラウ声、家ノ内ヒヾキワタル。童部ノ瓶ノ中

ニ頭ヲ指入テ咲ニ似タリ。昌命少モハヾカラズ寄合タリ。昌明

三尺五寸ノ大刀ニテ、モロ手打ニ打ケレバ、行家ハ三尺一寸ノ

大刀ヲモ（ッ）テ、右ノ手ニテ丁ト合テ、左ノ手ニテハ金作ノ大刀ヲ

取延テ、物具ノアキマヲサヽムトスレバ、昌明サヽレジト

ヲドリノク。昌命又ツト寄テ大太刀ニテキレバ、行家ハハタ

ト合テ、又左手ニテサヽムトスレバ、ヲドリノク。昌明シバシサヽへ

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ケレドモ、シラマズ打合スレバ、行家コラヘズ、ヌリ籠ノ内ヘ

シリヘサマニ逃入ケレバ、昌命モツヾキテ入ル所ヲ、小太刀

ニテ左ノ股ヲヌイサマニゾ突タリケル。昌命サヽレテ、「キ

タナクモ引セ給物哉。出サセ給へ。勝負仕ラム」ト申セバ、「サラバ

ワ僧ソコヲ出ヨ」ト云ケレバ、昌命「承リヌ」トテ、大刀ヲ額ニアテヽ

後サマヘツトヲドリノケバ、行家ツヾキテ出テ丁ト切レバ、昌

命又ムズト合ケル程ニ、イカヾシタリケム、大刀ト／＼切組タリ。

昌命大刀ヲ捨テ、「エタリ、ヲウ」ト組タリケレバ、イヅレモオ

トラヌシタヽカ人ニテ、上ニ成、下ニ成、ツカミ合ドモ、勝負ナカリ

ケルニ、北条ノ平六ガ付タリケル大源次宗安、大ナル石ヲ取テ、

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十郎蔵人ノ額ヲツヨク打テ、打破テケレバ、蔵人緋ニ成リ

テ、「己ハ下臈ナレ。アラサツナノ振舞カナ。弓矢取者ハ大刀、

刀ニテコソ勝負ハスレ。ドコナル者ノツブテヲ以テ敵ヲ打

様ヤハアル」ト云ケレバ、昌命、「不覚ナル者共カナ。足ヲユヘ

カシ」ト云ケレバ、宗安ヨリテ昌命ガ足ヲコシテ、行家ノ足ヲ

ユイタリケレバ、蔵人少モハタラカズ。サテ引起タリケレバ、蔵人息

ヲシヅメテ、「抑ワ僧ハ山僧カ、寺法師カ。又鎌倉ヨリノ使カ、平六

ガ使カ」。「鎌倉殿ノ御使、西塔北谷法師、常陸房昌命ト申者也」

ト云ケレバ、「サテワ僧ハ行家ニ使ハレムト云シ者カ」。「サ（ン）候」。「手ナミハイカヾ

思」ト云ワレケレ、昌明、「山上ニテ多ノ悪僧共卜打合テ候ツレドモ、走リ

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向ニハ、殿ノ御大刀打程ニハシタナキ敵ニ合候ワズ。就中一左ノ御手

ニテ差セ給ツルガ、余ニイブセク、コラヘガタクコソ候ツレ。サテ昌命

ガ手当ヲバイカヾ思召ツル」ト申ケレバ、「夫ハツヽムカヘニ取ラレ

ナム上ハ、トカク云ニ及バズ」トゾ云ワレケル。「大刀ミム」トテ、二人ノ

大刀ヲ取ヨセテ見ケレバ、四十二所切タリ。昌命、「サテ一定殿ハ

鎌倉殿ヲバ奉打一ト思食サレテ候シカ」ト云ケレバ、「是程ニ成ナン

上ハ、思タリシトモ、不思シトモ、并モ無詮一。トク首ヲ切テ兵衛

佐ニ見セヨ」ト宣ケレバ、昌命サスガ哀ニ覚テ、糒ヲアラワセテ

スヽメケレバ、水ヲ呑給ワムトテ、引ヨセラレタリケルニ、額ノ

キズヨリ血ノサツトコボレカヽリタリケレバ、被捨一ニケリ。

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昌命是ヲ取テ食テ、今夜ハ江口ノ長者ガ許ニ留リヌ。

終夜京ヘ使ヲ走カシタリケレバ、アクル日ノ午時バカリニ、

北条平六五十騎計ニテ、幡サヽセテ赤位川原ニ行会

ヌ。「都ノ内ヘハ不可入一」ト云院宣ニテ有ケレバ、コヽニテ首ヲ刎

テケリ。首ヲ損ゼジトテ、脳ヲ出シテ、頭ノ中ニ塩ヲコミテゾ

持セケル。此人ノ兄志多三郎先生義憲ハ、醍醐山ニ籠リタル

ヨシ聞ヘケレバ、服部平六案内者ニテ山ヲフマセケルニ、山伝ヒニ

伊賀ノ国ヘゾ移リケル。既ニ敵近付ケレバ、次第ニ物具抜捨テ

大刀ヲモステヽ、アル谷ノ奥ニ行テ、合ノ小袖ニ大口計ニテ、

腹カヒ切テ臥ニケリ。即平六首ヲ取テケリ。昌命、十郎

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蔵人ノ首ヲ持セテ鎌倉ヘ下リタリケレバ、「神妙也」ト感ジ

給ケレバ、「イカナル勧賞ニカ預ラムズラム」ト人／＼申ケルニ、勧

賞ニハ不預一シテ、下総国葛西ト云所ヘ被流ニケリ。諸人「コハ

イカナル事ゾヤ」ト驚申ケレドモ、其心ヲ不知一。二年ト

申ニ、「行家誅タリシ僧ハ下総国ヘ流シツカハサレニキ。未アルカ。

召セ」トテ、召返シテ、鎌倉殿ノ宣ケルハ、「イカニワ僧、ワビシト

思ツラムナ。下臈ノ身ニテ大将タル者ヲ誅ツルハ、冥加ノナ

キ時ニ、和僧ノ冥加ノ為ニ流遣タリツル也」トテ、勧賞ニハ摂津

土室庄、但馬国ニ太田庄、二ヶ所ヲゾ給タリケル。是昌命ガ

面目ニアラズヤ。

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二月七日、右大臣殿月輪殿摂録セサセ給ベキヨシ、源二位被取

申ト聞シ程ニ、内覧ノ宣旨ノ下タリシヲ、「昌泰ノ比ヲヒ、北

野天神、本院ノ大臣相並テ内覧ノ事有シ外、幼主ノ御時

ナラビテ内覧ノ例ナシ」ト、右ノ大臣被仰ケレバ、次年ノ三月十三日、

摂録ノ詔書クダリキ。前ノ日、院ヨリ右少弁定長ヲ御使ニテ、

右大臣殿摂録ノ事、頼朝卿猶取申之由、近衛院普賢寺殿ヘ

申サセ給タリケレバ、忽ニ門サシニケリ。御分ノ丹波国辞申サセ

給ツヽ籠ラセ御坐テケリ。右大臣殿エラバレマシ＜キ。近衛殿ハ

シバシナレドモ、平家ノ為ニムスボヲレテ御座シカバ、理事重カ

リケレバ、「不及力一」ト被仰ケルトゾ。右ノ大臣ハカウサビテ九条ニ御座

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ケルガ、保元平治ヨリ此方、世ノミダレ打ツヾキテ、人ノ損ズル

事ヒマナキヲ、朝夕歎思召ケル陰信空シカラズ、陽報忽ニ

顕レニケルヤラム、カヽル御悦有ケリ。甲斐＜シクミダレタル

世ヲ治メ、スタレタル事ヲヲコシ給ケリ。二月十日、左府経宗

ノ使者、筑後介兼能、関東ヨリ帰洛ス。此ハ義経ガ申給官符ノ

事ニ、雖（レ）遁（二）臣客（一）、猶被怖畏一テ、被謝遣一タリケレバ、謀反ノ輩ニ

仰テ、可被誅頼朝一之由風聞之間、恐々給之処、今散不審之由

返答セラレケル間、左府被成安堵之思一ヲケリ。

廿三〔六代御前高野熊野ヘ詣給事〕　権亮三位中将ノ子息六代御前ハ、年ノ積ニ　随テ、皃形心様、

立居ノ振舞マデ勝テオハシケレバ、文学聖人ハ空オソロシクゾ

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覚ケル。鎌倉殿モ常ニハ穴倉ゲニ宣テ、「惟盛ガ子ハ頼朝ガ様ニ、朝敵ヲモ打テ、

親ノ恥ヲモ雪ツべキ者カ。頼朝ヲ昔相シ給シ様ニイカヾ見給」ト宣ケレバ、文

学申ケルハ、「是ハソコハカトナキ不覚者也。聖ガ候ハム程ハ努＜穴倉

不可思給一」ト申ケレバ、「如何様ニモ見留ル所ロ一ツア（ッ）テコソ、世ヲモ打取タラバ、万

人ニモセムトテコソ、頻ニ乞取給ヒツラン。但シ頼朝ガ一期、何ナル者ナリトモ

争カ傾クベキ。子孫ノ末ハ不知」ト宣ケルコソ怖シケレ。若君ノ母ハ、「〓々出家シテ、

高雄法師ニオハスべシ」ト、若君ヲ勧メラレケレドモ、文学奉惜一テ、急モ

剃り奉ラズ。角テ十六ト申シ文治五年ノ弥生ノ未ニ、若君聖ニ暇乞

給テ、山臥ノ躰ニナリテ、斉藤五、斉藤六ニ負懸サセテ、高野山ヘ詣給フ。父ノ

善知識シタリシ滝口入道ニ尋値テ、父ノ御行末、遺言ナンド委聞給テ、

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且ハ彼ノ跡モユカシトテ、熊野ヘゾ被参一ケル。本宮証誠殿ノ御前ニテ、

祖父小松内大臣、父惟盛ノ御事、今更ニ被思出ツヽ、スゾロニ涙ヲモ

ヨヲシ給ケリ。軈新宮ヘ詣給テ、是ヨリ南智山ヘ伝ツヽ、立帰リ浜

宮王子ノ御前ニテ、跡モナク験モナキ海上ヲゾ遙々詠給ケル。「父

惟盛、イヅクノホドニ、イカニ沈ミ給ケム」ト、渚ニヨスル小波ニモ問ワマホシクゾ

被思ケル。終日ニ泣晩シテ、サテモ有べキ事ナラネバ、石ヲ重テ塔ヲ

クミ、砂ニ仏ノ御形ヲ書給テ、僧ヲ請ジテ開眼シ、念仏行道シテ、「過

去先考幽霊、出離得脱増進仏道」ト廻向シテ宣ケルハ、「弥陀ハ

無上念王ト申シトキ、宝海梵志ノ勧ニヨ（ッ）テ空王仏ヲ拝シ、

出家ノ形ヲ現ジテ法蔵比丘ト申キ。其劫之間修テ、」極楽浄土

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ヲ設ケテ、一切衆生ヲ迎ヘズトイハヾ、正覚ヲトラジトチカヰ給ヘリ。

六方ノ諸仏モ、同ク広長ノ舌ヲイダシテ、証誠シ給へリ。而ヲアミダ

仏ト成給テ、極重悪人無他方便ノ誓願タガヘズ、過去聖霊九品ノ

台ヘ迎給。何況ヤ出家菩提心ノ功徳オハセザラムヤ。出家ノ功徳、

経ニハ、『無量罪アリ。出家無量ノ功徳ヲウ』トイヘリ。此故ニ善財

童子ノ菩提心ヲヲコシヽヲバ、弥勒大士、師子ノ座ヨリオリテ、光

明ヲ放テ拝ミ給ケリ。『是則童子ノ貴キニハアラズ、菩提心ノ

貴ガ故也』ト宣ケリ。宝幢経ニハ、『菩提心ノ功徳、若シ色アラバ、虚空ニ

満テゾ有マシ』ト云ヒ、彼ヲヲモヒ是ヲ思ヒアワスルニ付テハ、サリトモ

悪世ニハ輪廻シ給ワジモノヲ。我身又是程訪ヒ奉ル。争カ仏モ

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哀ト思召ザルべキ。草ノ影ニモウレシクコソ思給ラメ」ナド、涙ニムセビ

テノ給へバ、「アミダ仏モ忽ニ影向シ給ラム」ト、身ノ毛竪テ哀也。

サテモアルべキナラネバ、礒打浪ニイトマヲコヒ、ナク／＼カヘリ

給ツヽ、「ヨキ次デニ同ハ諸国一見セム」ト思ワレケレバ、山々寺々

修行シ給テ京ヘ上リ、其後高雄ニテ出家シ給テ、三位禅師

トゾ申ケル。母上ハ是ヲ見給テ、「世ノ世デアラマシカバ、今ハフルキ

上達部、近衛司、スキビタイノ冠ニテゾ有マシ」ト宣ケルコソ、余事

トハ覚シカ。

廿四〔建礼門院之事〕　人間有為ノ楽ハ、風痛シキ春ノ花、一期不定ノ栄ハ、波ニ宿レル秋ノ

月、滋リテ見ユル夏木立、梢サビシキ冬ノ空、水流常ニ満タズ、月

Ｐ３５９５

満ヌレバカクトカヤ。抑建礼門院ト申ハ、後白川法皇ノ太子高倉

院后、入道前大政大臣清盛ノ御娘、安徳天皇ノ御母也。十五才

ニシテ后妃ノ位ニ備リ、十六才ニシテ女御ノ宣旨ヲ下シ、廿二ニ

シテ皇子御誕生有シカバ、イツシカ春宮位ニ立給ベキ天子

ナリシカドモ、位定ラセ給シカバ、一天四海ヲ掌ニ拳リ、万人卿

相普ク国母ト奉仰一ノミニ非ズ、九重之裏、清涼紫震之床ヲ

並べ、后妃采女ニカシヅカレ給キ。雖然一一族之卿相漸ク滅テ、御年

廿九ニテ、アヘナク御飾ヲ下サセ給テ、大原ノ奥、瀬料里、寂光

院ト云所ニ、墨染ニ御身ヲヤツシ、今ハ一筋ニ無常悪業ノ浮雲ヲ

厭テ、極楽往生之頓証ヲ願ヒ、空ク過行月日ヲ送リ迎テゾオワシケル。

Ｐ３５９６

廿五〔法皇小原へ御幸成ル事〕　サアル程ニ文治二年ニモ成ヌ。正月余寒猶ハゲシクテ、残雪モ

未ルニ消一ヘ、二月モスギ、三月モ漸ク晩ニケリ。日景ノドカニ成行バ、野

辺ノ千草モ緑リ深ク、夏ニモ既ニ成ヌレバ、北祭モ打過テ、卯

月ノ半ニモ成ヌレバ、法皇ハ「『煙立思ナラネド人シレズワビテハ

富士ノネヲノミゾナク』ト、朝夕詠ジケル、清原深養父ガ建タリ

シ、補陀落寺ヲガマセ給ベシ」ト披露シテ、夜ヲ籠テ寂光院ヘ

忍ノ御幸アリ。御共ニハ当関白殿、閑院大政大臣、徳大寺左大臣、

後徳大寺左大将実定、右大将実能、花山院大納言兼雅、

按察大納言泰通、山井大納言実雅、冷泉大納言隆房、

侍従大納言成通、桂大納言雅頼、堀川大納言通亮、

Ｐ３５９７

花園中納言公氏、土御門宰相通親、梅津三位中将盛方、

唐橋三位、岡ノ屋源三位佐親、殿上人ニハ柳原左馬頭重雅、

吉田右大弁親季、伏見左大弁重広、右兵衛佐時景、

北面ニハ川内守長実、石川判官代、高倉左衛門尉トゾ聞へシ。

アジロ輿ニ裏簾懸タリ。彼寺ニ詣テ礼セ給フニ、御堂ノ甍、廻廊ノ

ツヾキ、門内門外ノ有様、誠ニアラマホシキ風情也。本尊ヲ奉

拝一給ニ、　阿弥陀ノ三尊ヨリ始テ、諸仏菩薩像光ヲ耀シ、仏檀仏

前之飾リ差入セ給ヨリ、無何一御心ヲ澄サセオワシマス。極楽浄土

ノ荘厳モカクヤト覚タリ。後ノ大光ニハ九品曼陀羅ヲ奉書一。一

見一拝ノ輩ラ罪業深重也トモ、弥陀ノ悲願ニ答ヘテ、無始ノ罪

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障モ忽ニ消滅シテ、誰カ往生ヲ可不逐一ト、タノモシクゾ御

覧ゼラレケル。又浄ルリノ有様ヲ書タルトオボシクニ、十二神

将、七千夜叉神、其外天人聖衆等ノ影向シタル景気ヲ

書タリ。衆病悉除、心身安楽ノ誓モタノモシク被思食一ケル。

左右局ノ聴聞所トオボシキ障子ニハ、或ハ四季ニ随、折ニ触タル無

常観念之様ヲ、筆ヲ尽シテ書タリ。誠ニ情モ深ク、憂世ヲ可

厭一有様、被思食知一ケリ。或ハ六道四生三途八難之苦患ノ様ヲ

書タリ、延喜ノ聖主ノ地獄ニ堕サセ給テ、金峯山ノ日蔵上人ニ

向セ給テ、

　イフナラクナラクノ底ニヲチヌレバ刹利モ首陀モカワラザリケリ

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ト、炎ノ中ニシテ悲セ給ケムモカクヤト、哀ニゾ被思食ケル。是ニ付

テモ、穣土ヲ厭ヒ、浄土ヲ願ワセ給べキ御心ノミゾ深カリケル。御堂

ヲ出サセ給テ四方ヲ御覧ズルニ、後山ハ松杉緑ニ生シゲリ、雲居ニ遊ブ

群鶴モ、千年ノ契ヲ結テ、棲ヲトラムト覚タリ。庭別ニハ春霞ニ匂ヲ

施ス楊梅、数ヲ尽シテ殖並ブ。古巣ヲ出ル谷ノ鶯モ、百囀シテ木伝

覧ト覚タリ。山ノ副ヘ水ノ流、閑居之地ヲシメタリト見タリ。何事ニ

付モ御心ヲ止ラレズト云事ナシ。其ヨリヲシヲノ山ヲ越テ、小原

奥ヘ御幸ナル。別入山ノ道スガラ、秋ノ比ニモアラネドモ、草葉ノ

露ニ袖ヌレテ、シボラヌ袂ゾナカリケル。峯ノ嵐吹スサビ、谷ノ水ノ

石間ヲクヾル音、イヅレモ御心スゴカラズト云事ナシ。女院ノ御庵

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室近ク成由聞食ドモ、緑衣之監使宮門ヲ守ルモナケレバ、心ノ

マヽニ荒タル間垣ハ、滋野辺ヨリモ露深シ。庭ノ若草滋リツヽ、

岸ノ青柳色深ク、松ニ懸レル藤並、木末ニ一房残レル花、君ノ御

幸ヲ待進ラセケルカト覚テ哀也。法皇カクゾ思召サレケル。

　　池水ニ岸ノ青柳チリシキテ波ノ花コソサカリナリケレ

山時鳥ノ初音ヲバ、此里人ノミヤナレテ聞ラムト、思召被知一ケリ。

彼寺ノ有様ヲ御覧ズルニ、西ノ山際ニ一ノ草堂アリ。即寂光

院是也。北ノ山際ニ一ノ庵室アリ。女院御棲ニヤト被御覧一。

香煙細ク昇テ、片々トシテ消安ク、深窓幽ニ閉テ、悄然トシテ人モ

ナシ。比ハ卯月半ノ事ナレバ、夏草ノシゲミガ末ヲ別過ギ、旧苔

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可払一人モ無。人跡絶タル程モ、思知レテ哀也。散残ル山桜、嶺ニ連ル

岩樢ジ、池汀ノ藤並、梢ニ懸ル時鳥、苫深クムス岩ノ色、落タギリ

タル水ノ音、指ガユエビ由アリテゾ御覧ゼラレケル。緑蘿ノ

垣、翠黛ノ山、絵ニ書トモ筆モ及ブべクモ不見一ケリ。四方ニ

長山連テ、僅ニ言問物トテハ、巴峡ノ猿ノ一叫、妻木コル〓ノ音

計也。樵歌牧笛之声、竹煙松露之色、カヽル閑居ノ棲ヲ忍

テ過サセ給モ、法皇哀ト御覧ゼラル。庭ニハ忍交リノ萱草

生シゲリテ、鳥ノ伏トゾ見ヘケル。瓢箪屡空、草滋（二）顔淵之

巷（一）ト云ツべシ。柴ノ編戸、竹ノスイ垣モ荒ハテヽ、藜蓼深鎖、雨

潤（二）原憲之枢一トモ云ツベシ。法皇女院ヲ待マイラセサセ給程ニ、アナ（タ）

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コナタヘ立住御覧ゼラレケレバ、イサ、村竹風ソヨギ、イ

サヽ小川二浪立テ、妻ヲ語山烏、ネグラ定ル鶏リ、凡テ

耳ニフレ目ニマガヘルモノ、音々ニ哀ヲ催シ、心ヲ傷ズト云事

ナシ。合坂ノ蝉丸ノ、

　　世ノ中ハトテモカクテモ有ヌべシ宮モワラ屋モハテシナケレバ

ト詠ジケルモ、・理ト思食知レケリ。昔、実之、能隆トテ二人ノ

大将アリケルガ、実之ガ、

朝有（二）紅顔（一）誇（二）世路（一）、暮成（二）白骨（一）朽（二）郊原（一）。

年々歳々花相似、歳々年々人不（レ）同。

ト詠ジケムモ、誠ニ猿事ヤラムト覚ヘテ、此庵ヲ御覧ゼラルヽニ、

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僅ニ架三間ノ柴ノトボソナリ。松ノ柱、竹ノ編戸、椙ノ葉、葺モイトマバ

ラニテ、檐ニハ忍計ゾシゲリケル。時雨モ露モ置霜モ月光モ　諍テ、

タマルべシトモ不見一ケリ。サテ内ノ有様ヲ御覧ズレバ、一間ヲバ仏所ニシツ

ラヒテ、三尺ノ立像ノ御身ハ泥仏来迎之三尊、東向ニ奉安

置一、奉備花香一ヲ。仏前ニハ浄土ノ三部経ヲ置セ給ヘリ。観

無量寿経ヲバ半巻計ハアソバシ残タリト見ユ。仏ノ左方ニハ

普賢ノ絵像ヲ奉テ懸一、御前ナル紫檀ノ机ニハ八軸之妙文、并ニ廿

八品ノ惣釈ヲ置セ給ヘリ。右ノ方ニハ善導ノ御影ヲ懸テ、九帖ノ

御書、並ニ往生要集已下ノ諸経ノ要文被置タリ。昔ノ蘭

麝ノ匂ヲ引替テ、今ハ不断香ノ煙ヲ薫ケル。東ノ壁ニハ、古タル

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琴琵琶被立タリ。管絃歌舞ノ菩薩ノ来迎ヲ思食出ツヽ、

御心ノ澄セ給フ折々、御手懸草ニヤト覚タリ。又御勤ノ隙ノ

御心ナグサメトオボシクテ、古今万葉、其外狂言縁語ノ類、

被取散一タリ。折々ノ御手スサミト覚テ、障子ニハ諸経要文、様＜ノ

詩歌ナムド被書散一タリ。「諸行無常、是生滅法、生滅々已、

寂滅為楽」ノ四句ノ文、一切ノ行ハ是皆無常也。無常ノ虎声ハ

耳ニ近トモ、世路ノ〓ニ不聞一ヘ。雪山ノ鳥ハ夜々鳴ドモ、栖ヲ出

ヌレバ亡レヌ。羊ノ歩ミ近付テ、親ニ先立子、々ニ先立親、妻ニ別ルヽ

男、夫ニ後ルヽ妻、命ハ水ノ沫、老少不定ノ世也。朝ノ花ハ夕ノ風ニサ

ソワレ、宵ノ朗月ハ　暁ノ雲二隠レヌ。山陰ノ柴ノ庵、御スマヒ

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オボシメシシラレテ、人シレズ御涙セキアヘサセ給ワズ。

極重悪人　　無他方便　　唯称弥陀　　得生極楽

謗法闡提　　廻心皆往　　十悪五逆　　罪滅得生観経心

一切業障海　　皆従妄想生　　若欲懺悔者　　端坐思実相

若有重業障　　無生浄土因　　乗弥陀願力　　必生安楽国

法身躰遍諸衆生　　客塵煩悩為覆蔵　　不知我身有如来　　

流転生死無出期　又参川守定基法師ガ、清涼山ニ住ケル時詠ジケル。

　笙歌遥聞孤雲上、　聖衆来迎落日前。

　草庵無（レ）人扶（レ）病臥、香爐有（レ）火向（レ）西眠。

加様ノ諸要文共ヲ四季紙形ニ書テ被押一タリ。又浄土ノ法文ト

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オボシクテ、御双紙アマタ被取散タリ。大和絵被書タル

紙屏風ニ、女院ノ御手トオボシクテ、古キ歌共ヲ被書一タリ。

　雲ノ上ニ風ニ楽ノ音スナリ人ニ問バヤ空耳カソモ

　乾間モナキ墨染ノ躰カナコハタラチメノ袖ノシヅクカ

　消方ノ香ノ煙ノイツマデト立廻ルべキ此世ナラネバ

　思キヤミ山ノ奥ニスマヒシテ雲居ノ月ヲ外ニミムトハ

北ノ山際ニアカダナツラレタリ。

樒入タル花ノカタミ、霰玉散閼伽ノ

折敷ニ被懸副一タリ。サテ仏ノ御傍ノ障子ヲ引アケテ御覧ゼラ

レケレバ、女院ノ御寝所トオボシクテ、御棹ニ被懸一タリケル物

トテハ、白小袖ノアヤシゲナルニ、アサノ御衣ニ、紙ノ帯計也。敷ナラサレ

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タルタヽミノ上ニ、敷皮引返テ被置一タリ。「古ヘハ漢宮裏内ノ

后御歌ナドノ境節ニ付ツヽ、本朝漢土ノ妙ナル宝物、其外

色々ノ御衣共匂ヲ調テ、沈麝ヲ薫ジ給シ御有様ゾカシ」

ト、各見給ニモ哀也。昔ハ四季ニ随ヒ折ニ触レテ、春ハ南殿ノ桜ヲ

御心ニカケサセ給テ。

　　古ノナラノ都ノ八重ザクラ今日九重ニ移ツルカナ

夏ハ清涼ノ台ニ昇テ、夜ノ端キ事ヲ残シ、冷キ御遊アリツヽ。

　　打シメリ菖蒲ゾ薫ル時鳥鳴ヤ五月ノ雨ノ夕晩

秋ハ九重ノ月ヲ夜終御覧ジテ。

　　久方ノ月ノ桂モ秋ハナヲ紅葉スレバヤテリマサレラン

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冬ハ右近馬場フ白雪ニ嘯テ、先サク花カト悦バセ給テ。

　　待人モ今ハ来ラバイカヾセムフマヽク惜キ庭ノシラユキ

　御信ニハ玄象無名ト云琵琶、青葉釘打ト云笛、雲和

法花寺ト云笙、黒筒神明ト云三鈷、秋風螺鈿ト云瑟、

唐草落花形ト云ヲヒ、露池ト云硯、壷切ト云剣ナド置レ、

其外紅紫両色ノ色々ノ御衣共ヲ、数ヲ尽テ被懸一。内侍、

命婦ナラムド云司共モ輙ク不リキ参一。コハ浅猿キ御住居カナト

被思召一テ、無由一モ此御有様ヲ奉見一ツル物哉ト、忍カネサセ

給ヘル御気色也。人可住一トモ不見一ケレドモ、「人ヤ有」ト御

尋有ケレバ、奥ノ方ヨリカスカニ、「老タル尼ノ一人候」ト答テ参

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タリケレバ、「女院ハイヅクヘ渡セ給タル」ト被仰一ケレバ、「此後ノ山ヘ御

花摘ニ入セ給ヌ」ト申ス。法皇アキレサセ給ヘル御気色ニテ、哀ニ

被思食一ツヽ、「昔ヨリ世ヲ捨ルタメシ多ケレドモ、御花ナリトモ、

争カ自ラハ摘セ給ベキ。サレバ花摘テ可奉一人ダニモ付奉ヌカ」ト

被仰一テ、御涙グマセ給ケレバ、尼申ケルハ、「実ニ仰ハサル事ニテ

候ヘドモ、心地観経ニハ、『欲知過去因、見其現在果。欲知未来

果、見其現在因』トテ、『過去ノ因ヲ知ムト思バ、現在ノ果ヲ見ヨ。

未来ノ果ヲ知ムト思ハヾ、現在ノ因ヲ見ヨ』ト説レテ候ナレバ、〓

利天上ノ億千歳ノ楽、大梵王宮ノ深禅定ノ栄ヲ傾ワセ給

トモ、御行無シキハ一争カ候ベキ。生死無常ノ習、一仏浄土ニ往

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生ノ望ヲ懸サセ給ニモ、ナニノ勤ノ力ヲカ憑セ給べキ。釈迦

如来ハ中天竺ノ主ジ、浄飯大王ノ御子也。伽耶城ヲ厭テ

檀徳山ニ籠リ、高嶺ニ薪ヲコリ深谷ニ水ヲムスビ、難行苦

行ノ力ニヨリテ、遂ニ成等正覚成給キ。凡有生一者必ズ滅シ、

有始一者終アリ。楽尽テハ非来ルタメシアリ。前世ニ戒

善戒行薄クオワシケルニヤ、今カヽル御身ニナラセ給ヘリ。

然バ来生之宿業ヲ兼テ悟リ給テ、捨身ノ行ヲ修テ御

スニコソ。サレバナニカ御痛候ベキ」ト申ス。此ノ尼ノ有様ヲ細ニ

御覧ゼラルヽニ、下ニハ垢付ヨゴレタル小袖ニ、上ニハ紙絹ト云

物ヲゾ着タリケル。「ケシキ事ガラニモ似ズ、有由一者ノ詞哉」ト

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被思食一テ、「己レハイカナル者ゾ」ト有仰一ケレバ、尼サメ＜”ト打泣テ、

問ニツラサノ涙セキアヘザリケレバ、暫物モ申サズ。「イカニ＜」ト、仰

再三ニ及ケレバ、涙ヲ押テ、「加様ニ申ニ付テハヾカリ候ヘドモ、一

年平治ノ逆乱之時、悪右衛門督信頼ニ失ワレニシ少納言入

道子ニ、弁入道貞憲ト申シ者候シ娘ニ、阿波弁内侍ト申候シハ、

尼ガ事ニテ候」ト申ケレバ、法皇驚思召テ、「サテハ此尼ハ紀伊

二位ガ孫ゴサムナレ」。彼ノ二位ト申ハ法皇御乳母也。サレバ殊ニ御

身近ク奉被召仕一シカバ、幾年セヲ経トモ争カ御覧ジワスル

ベキナレドモ、有シニモアラズ替ハテタリケレバ、御ラムジワスレ

ケルモ理也。年モ僅ニ廿八九ノ者也。法皇ヨリ奉テ初一、各御目ヲ

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御覧ジ合テ、涙ヲ流サセ給ケル程ニ、良久有テ、後ノ片山ノ

嶮キヨリ、コキ墨染ノ衣キタル尼二人下降ル。何ナル者ナル

覧ト御覧ゼラレケルニ、一人ハ樒ニ樢ジ藤ノ花摘入タル花籠

ヒヂニ懸タリ。是ゾ女院ニ渡セ給ケル。一人ハ妻木ニ蕨折具シ

テ持タリ。是ハ大宮大政大臣伊通卿御子息、鳥飼中

納言伊実娘、先帝御乳母、大納言典侍ト云人也。女院ハカク

トモ争カ思食ヨラセ給ベキナレバ、何ニ心モナク法皇ニ御目

ヲ御覧ジ合セテ、コハイカニト思召テ、アキレタル御サマ

ナリ。「十念ノ柴ノ戸ボソニハ、摂取ノ光明ヲ期シ、一念ノ窓ノ前

ニハ、聖衆ノ来迎ヲコソ待ツルニ、思外ニ法皇ノ御幸ナリニケル

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ヨ」ト思召ルヽヨリ、「哀、只人ニ不被知一ラ、何方ヘモ消失ヌべカリシ

身ノ、人並々ニ憂世ニナガラヘテ、カヽル有様ヲ目ノ当リ奉見一

ヌルコソ浅猿ケレ」ト、思召サレケレドモ、サスガ霜雪ナラヌ御身

ナレバ、時ノ間ニモ消ウセサセ給ワズ。コハ云何ナリケル事ゾヤト、只

夢ノ心地シテ、アキレ立セ給タリ。折節山時鳥ノ一声、松ノ

木末ニ音信ケレバ、女院カクゾ思召シツヾケケル。

　　イザヽラバ涙クラベム時鳥我モ尽セヌ憂ネヲゾナク

又思食返ケルハ、「コハ何事ゾ。今ハカク可思一身ニアラズ。猶モ此世ニ

執心ノアレバコソカクハ覚ラメ。サテハ仏ノ道ヲ傾ヒテムヤ」ト思食テ、

御衣ノ袖モ裾モ、草葉ノ露ニシホレ返タル御サマニテ入ラセ給ニ

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ケリ。法皇カクト申給タリケレバ、有ツル御衣ノ上ニ紙ノ御

衾ヲ引懸テ、別ノ間ナル御円座シカセ給テ、誠ニ面ハユゲナル御

気色ニテ、御顔打赤メテ渡セ給ケル御有様ヲ御ラムズルニ、

昔ノ花ノ皃モヤツレハテヽ、麻ノ衣ニマツワサレオワシマス御有様、有シ

ニモアラヌ御スガタナレドモ、指ガ又ナべテノ人ニハマガウべクモミヘサセ

給ワズ。法皇モ女院モ御涙ニ咽バセ給テ、互ニ一詞モ不被仰出一サ。良

久有テ、法皇泣々仰ノ有ケルハ、「サテモコハ浅猿キ御スマヒカナ。

昔ヨリ憂世ヲ捨ルタメシ多ク侍レドモ、カヤウノ御有様ハ未承及一。

盛者必衰之理ニテ天人五衰ノ日ニアヘルラムモ、此世ニテ可ニ見一

非ズ。カヽルタメシヲ目ノ当リ見奉リツルコソ中々クヤシケレ」トテ、

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御衣ノ袖モシボル計也ケレバ、御共ノ公卿殿上人モ冠ヲ付（レ）地ニ、

各涙モセキアヘズ。余リニ不ル絶一人々ハ閑所忍レケルトカヤ。女院ハ

尽セヌ御涙関敢サセ給ワズ。御袂ヲ絞セ給ケレバ、トモカクモ物モ

申サセ給ワズ。御衣ノ袖ヨリ漏出ル御涙、ヨソノ袖マデモ所セク

程也。法皇申サセ給ケルハ、「人間ノ八苦、下界草露ノタメシハ、

有ニ付モ歎深ク、無ニ付テモ愁切也。何事ニ付テモ昔ヲ思食

出、何計ノ事ヲカ思召ラム。カクトモツヤ／＼不奉知一シテ、今マデ

見マヒラセザリケル事、何計ノ御恨ヲカ残サセ給ツラムト、アサマシ

クコソ。サテモ誰事問マヒラスル人ニテ候ゾ」ト被仰ケレバ、「世ニ立

交リ人並ナル有様ヲコソ、昔モ今モ申昵ル習モ候へ。カヽル憂身ニ

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成ヌル上ハ、風ノツテ、ヨソナガラダニモ問来ル人モ候ワズ。サテモ

世ガ世ニテ有シ程ハ、『イカニモシテ被知一バヤ、被問一バヤ』ト思ヘリシ

人々モ、雲居ノヨソニ思タテヘダテラレテ候ヘバ、数々ナラヌ身ノ

ウサヲノミ思ヒ知テ、恨ヲナス事モ候ワズ。其中ニ信隆ノ

北方計ゾ折々ニ随テ、思ワスルヽ事モナク、常々ハヲトヅレ来候。

サテモ有シニハ、彼ガ省ヲ可受一トハ、懸テモ思ヨラザリシ物ヲ」

トテ、又如初一サメ／＼”ト涙ヲ流サセ給フ。「今ハナニトカ可被思食一ニ

候ワネドモ、彼北方事ヲバ御覧ジ放タルマジキニ候。其外ハ事

問人モ候ワズ」ト申サセ給ヘバ、「六条ノ摂政ノ方ヨリハ申旨ハ候ハヌ

ニヤ」ト申サセ給へバ、「夫モ今ハ絶間ガチニコソ」ト被仰一テ、法皇モ

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女院モ供奉ノ人々モ、袂ヲシボリテゾ渡ラセ給ケル。女院御

涙ヲ押テ申サセ給ケルハ、「カヽル身ニ罷成事、一旦ノ歎ハ申ニ及

ネドモ、一ニハ来生不退ノ悦アリ。其故ハ我五障三従ノ身ヲ

乍受一、已ニ釈迦之遺弟ニ列リ、悲願証明ヲ憑テ三時ニ六

根ヲ懺悔シ、一筋ニ今生ノ名利ヲ思捨テ、九品ノ台ヲ願ヒ、一

門之菩提ヲ祈ル。サレバ一念之窓ヲ開テ三尊ノ来迎ヲ

期シ、三途ノトボソヲ閉テ出離之妙果ヲ願フ。是只一門

別離ノ期ニ非ヤ。サレバ可然一善縁善知識トコソ思侍レ。昔シ

龍顔ニ近付奉リシ四季境節ニ付テ楽ミ栄シマヽニハ、長

生不死ノ齢ヲ願ヒ、蓬莱不死ノ薬ヲ求テモ、久カラム事ヲ

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思ヒ、カヽル拙事ヲノミ心ニ懸侍リテ、後ノ苦ヲ不知一。今ハ心ニ叶ヒ

侍ラバヤト思シ龍顔ニモオクレ奉リ、糸惜悲ト思奉リシ

天子ニモ別レ、父モナク母モナキ、ツタナキ身ニナリヌル上ハ、ナジ

カハ人ヲモ恨、世ヲモ歎カシク思侍ベキ。其中ニモ此度生死

ヲ可離一事、思定テコソ候へ。其故ハ、此身ハ下界ニ乍住一、六

道ヲ経歴タル身ニ侍レバ、可歎一ニモ非ズ。其ニ付テモ弥穢土ヲ

願フ志ノミ日ニ随テ進候ニヤ」ト申サセ給ヘバ、法皇、「是コソ不

審ニ覚候へ。大唐ノ玄弉三蔵ハ覚ノ内ニ仏法ヲミ、吾朝ノ

日蔵上人ハ蔵王権現ノ御教ニテ六道ヲ見タリト云事ヲバ、

伝テコソ承シカ。又天ニ登リ海ニ入シ四梵十一、年ヲ延月ヲ

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返シケル魯連モ、此身ナガラ六道ヲ不見一トコソ申侍レ。増テ

穢悪五障ノ女人ノ御身トシテ六道ヲ御覧ゼラレケルコソ、

マメヤカニ心得ヘズ覚候ヘ」ト被仰ケレバ、女院打咲セ給テ、「実ニ猿ル

事ニテ候ヘドモ、暫ク身ニ当レル苦楽ノサマ／＼”ナルニ付テ、六道ノ

様ヲ申侍べシ。『地獄非地獄、我心有地獄。極楽非極楽、我心有

極楽』ト申ス。只地獄モ極楽モ、我心ノ内ニ備ル事トコソ承リ

候ヘ」ト申サセ給ヘバ、法皇、「十戒ヲ十善ト申ケルハ此理ヲ申

ケルニヤ」ト被仰一テ、弥哀打副テゾ被思食一ケル。女院、「六道ト

申候事ハ、昔社宮ニカシヅカレ、万機ノ政ヲ心ノマヽニ行テ、楽栄ハ

有シカドモ愁歎ハナカリキ。流泉啄木ノ調ハ転妙法輪ノ響モ是

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ニハナジカハ過ベキト覚候キ。サレバ、玄冬ノ寒キ朝ニハ衣ヲ

温クシテ嵐ヲ禦キ、盛夏ノ熱キ暮ニハ泉ニ向テ心ヲ冷シメ、珍

膳ノコキ味、朝ナ夕ナニ備ヘズト云事ナシ。紅葉ノ妙ナル色、夜

昼ノ飾リトス。一門ノ繁昌ハ堂上花ノ如シ。万民ノ群参ハ

門前ニ市ヲナス。極楽浄土ノ荘厳モカクヤト覚キ。乏キ

事ノ無マヽニ、苦ナル所ヲ忘レテ願フ事無シ。只明テモ晩テモ

楽栄比無リシ事ハ、善見城ノ勝妙楽、中間禅ノ高台ノ

閣、六欲天上ノ五妙ノ快楽モ、争カ是ニハ過ムト覚キ。是ヲバ

暫ク天上ノ楽ト思准ヘ侍キ。次ニ夏来レドモ装束ヲ代ル事

ナケレバ、集熱大集熱ノ苦ノ如。又冬来ドモ衾ヲ重ヌル事

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ナケレバ、紅連大紅連ノ氷ニ閉ラレタルガ如シ。猿程ニ寿永ノ秋

始、七月ノ末ツカタニ、木曽ノ冠者義仲ト云者ニ都ヲ追落サレ

テ、高倉ノ上皇ニモ別レ奉リ、八条大相国、来方ヲ顧レバ、

空煙ノミ立昇リ、行末ヲ思遣レバ、悲ノ涙ノミクレテ、方角

モ覚ヘズ。何カ南北、何カ海山トモ見ズ。終夜ラ落行侍シ程ニ、

四塚トカヤ申ス所ニテ、我モ＜ト志アル由ニテ行幸ニ供奉セ

ラレシ月卿雲客モ、淀ノ津トカヤニテ船ニ乗侍シ時、只音

計ニテ各立離シヲ、船底ニテ伝ニ聞侍シカバ、快楽無窮ノ

天人ノ五衰、相現ノ悲トハ是ニヤト覚ヘテ、サレバ、『天上欲退

時、心生大苦悩、地獄衆苦患、十六不及一』ト説レタルモ此理ニヤ。

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人間ノ事ハ此度人界ニ生ヲ受タレバ、愛別離苦怨憎会苦、

只我身一ニ思知レタリシカバ、四苦八苦一トシテ遁ルヽ所不可有一。

其秋ノ末、九月ニモ成シカバ、古ヘハ雲上ニテ苦ニ見シ月ヲ、今ハ西海

ノ浪ノ上ニテ独リ詠シ楼台ヲ出テ、四国ノ方ニ漂フ。サレバ宮中ノ

古ヘハ、敗軍ヲ靡シヽ臣家タリシ人々ノ、今ハ配所ノ逆臣タリシ

事、哀ニ覚侍テ、十月ノ比、備中国水嶋、幡磨国室山ナムドノ

軍ニ勝シカバ、人ノ色少シナヲリテ見シ程ニ、摂津一谷トカヤ

云所ニテ一門多ク滅シ後ハ、月卿雲客各冠直衣ヲバ甲

冑ニキカヘ、笏扇ヲバ弓箭ニ持カヘ、束帯ノ形ヲ忽ニ鉄ヲ延テ

身ヲツヽミ、時ノ獣ノ皮ヲ以テ手足ニマトヒ、イツ習シトモナキ

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甲ノ鉢ヲ枕トシ、鎧ノ袖ヲシトネトス。只明テモ晩テモ軍ヨ

バイノ音ノミ不絶一。花洛ニ住シ時ニハ、詩歌管絃ナムドヲ

コソ夜昼持遊シ人々ノ、今ハネテモ覚テモ敵ヲ寃、命

ヲ助ム謀ノ外、心ニ懸、営ム態ナシ。一谷ヲ被落一後ハ、妻ハ夫ニ別レ

夫ハ妻ニ離ル。親ハ子ヲ失ヒヲメキ叫ビ、子ハ親ヲ失テ泣悲ム音、

船中ニ充満セリ。自ラ助有シカバ、若ヤ助ルト、各ノコミノリ

テ海上ニ浮ベバ、浪風ハゲシクシテ、ヤスラフべキ方ナシ。仏

神ノ冥助、龍神ノ加護ニ非ハ、一日片時モ命ヲ延、身ヲ可助一様

ナシ。サレバ淡路ノ瀬戸押渡テ、鳴戸隠レユク船モ有。明石ノ

奥ニ懸リテ、四国ヘ趣ク船モアリ。又イヅクヲ指トモナク

Ｐ３６２４

波ニ漂フ船モアリ。一シナヽミズ思々心々ニ有シカバ、奥ニ

釣スル船ヲ見テハ、敵ノヨスルカト怖恐レ、礒ニ群居ル白鷺ヲ見

テハ、敵ノ向旗カト驚キ騒グ。イサリノ火ノホノメク影ヲ見

テモ、源氏ノ近付ニヤト、肝ヲ失ヒ魂ヲケス。摂津難波ノ

事モ覚ヘズ、世ヲ浦海ノ嶋伝シテ、讃岐ノ屋嶋トカヤニ付

テ、此嶋ヲ吉城トテ暫ク此浦ニヤスラヒシカドモ、指ガア

アヤシノ民ノ家ヲ皇居ト定ニ及バズトテ、暫クノ程ハ御

船ヲ御所トセシカバ、内大臣ヨリ始テ月卿モ雲客モ、シ

ヅガフセヤニ夜ヲカサネ、海人ノ苫屋ニ日ヲ送リ、梶枕波ニ被

打、ツユニシホレテ明シ晩シヽ程ニ、ナニトカシタリケム、人ノ心

Ｐ３６２５

忽ニ替ツヽ、心ニ叶ハヌ者ヲバ討ム殺ムトセシ有様、修羅ノ

闘諍、一日三時ノ愁アリ。天鼓自然鳴ノ声ノミ絶ズシテ、

明モ晩モ腹ノミ立。是偏ニ修羅道モカクヤト覚ヘ侍キ。

次成良ガ沙汰ニテ形如ク板屋造テ、主上ヲ奉リ渡一、人々

モ葦ノ円屋共イトナミテ住給シ程ニ、九月モ半ニ成テ、

フケ行秋ノ哀イヅクモト申シナガラ、旅ノ空イトヾ

忍方モナク、ヨワリユク虫ノコヘ、吹シオル風ノ音、時ニ触レ

折ニ随テ、悲カラズト云事ナシ。物ヲ思ワザル人ソラ哀

ヲ可残一。況ヤ行ヘモシラヌ波路ニマヨフ習、歎悲マズト云

事ナシ。無常ノ虎ノ音、片時モ身ヲ離ルヽ事ナク、断命

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敵ノ声、日ヲ送テ絶ル事ナシ。又十月ニ成シカバ、浦吹風モ

ハゲシク、礒コス波モ高ケレバ、サスガ兵ノ責来ルモナク、

行カウ船モ希也。空書曇リ雪打フリツヽ日数フレバ、

イトヾ消入心地シテ、常ハ涙ニ咽テ、忙然トシテ前後ヲ

不知一。是ハ人間ノ八苦ニヤト思侍リキ。次ニ東国ノ兵已ニ

責来ヨシ申シカバ、又俄ニアハテサハギ、取物モ取アヘズ、

船ニカコミ乗テ、屋嶋ヲ出テ、イヅクヲ指トモナク、塩ニ

引レ風ニシタイテ、昔有ケム白居易ノ様ニ、海上ニ浮テ

ユラレ行シカバ、朝夕ノ物モ心ニ叶ズ、哀、糸惜ト云シ人モナシ。

此嶋ニ行ムトスレバ、兵共集リ来テ殺失ム事ヲハカル。彼

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岸ニ付ムトスレバ、敵並居テ捕搦事ヲ悦ブ。国郡雖多ト一、

跡ヲ可止一所ナク、山野広ト云ドモ、休マムトスルニ便ナシ。奉

膳水療ニ非レバ、供御ヲ備ル人モナシ。ミツギモノナカリシ

カバ、其比宮モ希也。無量ノ苦有ト云ドモ、飢饉ノ憂ヲ

先トス。徳叉尸羅城ノ餓鬼ノ、大海ノ七度変ジテ山トナル

マデ、飲食ノ名字ヲ聞ズ。又師子国ノ餓鬼ノ、五百生ガ

間食ヲ難得一シテ、子ヲウヤシ、或ハ自ガ脳ヲ摧テナヤミ、

或ハ子ヲ生テ食トス。サレバ、『我夜生五子、随生皆自食、

昼生五亦然、雖尽而無飽』ト立ル文モ理也。自ラ供御ヲ

備ムトスル時ハ水ナシ。大海広ト云ドモ、潮ナレバタテマツラズ。

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『衆流海ニ入ドモ、飲ムトスレバ猛火也』ト立ル文モ理也。トテモ

カクテモ、露ノ命ナニヽスガルベキ便ナシ。是ヲ思フニ、餓

鬼道モカクヤト覚ヘ侍キ。又兎角ユラレアルキシ程ニ、筑

前国大宰府トカヤニテ、菊地、原田、松浦党ナムド云者

共靡奉テ、内裏造ルベシナムド云シカバ、心少シ落居シ

テ、人々モ身ヲイコノヘ心ヲ延ベテ侍ル程ニ、宣旨トカヤ

トテ、刑部卿三位頼輔ニ仰テ、豊後国住人緒方三郎

惟栄トカヤ申者承リトテ、三千余騎ノ勢ニテ向ベキ

由聞ヘシカバ、俄ニ又主上ノ玉ノ御輿ヲ捨置、公卿殿上

人ヨリ女房達ニ至マデ、袴ノソバヲハサミテ、甲冑ヲヨロヒ

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弓箭ヲ帯シテ、コハイカニシツル事ゾヤト、肝心モ身ニソ

ワズ。三公九卿ニハ群客百司ノ数々ニ奉随一事モナク、ツラ

ヲ乱リシ山ワラウヅニ深泥ヲ踏テゾアユマレケル。平大納言

時忠卿ト門脇宰相教盛ト二人計ゾ、直衣ニ矢負テ供奉

セラレタリシ。陸ヨリ夜中ニ筥崎津トカヤニ行シ程ニ、折節

降雨イトハゲシク、吹風モ砂ヲ上ル計也。白鷺ノ遠樹ニ群

居ヲ見テハ、夷ノ旗ヲ靡カトアヤシミ、夜雁ノ遼海ニ鳴ヲ

聞テハ、兵ノ船ヲコグカト驚ク。青嵐膚ヲ被り、白波魂ヲ

消ス。翠黛紅顔ノ粧漸ク衰ヘ、蒼波ニ恨ウケテ、懐土望

郷ノ涙弁ヘガタシ。寿永二年三月廿四日、長門国檀浦、門司

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赤間ノ関トカヤ申ス所ニテ、数万ノ軍襲来シニ、俄ニ悪

風吹来テ、浮雲厚ク聳シカバ、兵共弓箭ノ本末ヲ失

へリキ。命運尽ニシカバ、人ノ力及難カリキ。サレバ着ムト

思フ方ヘモ着ズ。東夷南蛮ノ兵ノ如シ。鴦掘摩羅ト云シ

外道ノ仏ヲ奉打一ムトシケルモ、又化影国王ノ人ヲ殺シケム

モ、ミヌ事ナレバ、是程ニハアラジト覚キ。既兵共御船ニ

乱乗テ、軍ハ今限トナリシカバ、一門月卿雲客以下、可然一

人々、貴賤上下ヲ嫌ワズ、手ヲ取組、目ヲ見合テ、各底ノ

ミクヅト成シカバ、自ラ残留リシ人々モ眼ノ前ニ命断レ捕

縛ラル。是ヲ見テハ高モ卑モヲメキ叫ビシ音、上ハ悲想

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天モ響キ、下ハ龍宮城モ驚ラムトオビタヽシ。此有様ヲ

見聞ニ、肝ヲ消シ神ヲ迷ワセズト云事ナシ。サレバ男モ女モ

船底ニ顛臥シ、悶絶躄地シテ、一人トシテ人心地シタル者

ナシ。神鏡モ御経箱モ打カケラレテ、被打破一シ有様ヲ

見ニ、地獄ノ衆生ノ、獄率ニ向テ手ヲスリ降ヲコヒ、『暫ガ暇ヲ

得サセヨ』ト悲ムナレバ、『非異人作悪、異人受苦報、自得果、衆

生皆如是』ト答テ、弥ヨ情無呵嘖スラムモ、カクヤト覚キ。又

牛頭馬頭ガ器杖ヲ取ヨリモ怖シカリキ。カヽリシカバ、神ニ

祈モ験ナク、国ヲ語モ叶ハザリキ。戒賢論師ハ凡夫ナリト云

ドモ、玄弉三蔵ノ師也。阿闍世王ハ直人ニアラズ、霊山ノ聴Ｐ

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衆也。然ドモ加様ノ苦ヲバ遁レ給ハザリケルニヤ。昔ノ普明

王ハ班足王ニトラレテ、九百九十九王ヲ可被誅一数ニ入給

タリケルニ、『吾々沙門供養ノ願アリ。抂テ暫ノ暇ヲエサセ

ヨ』ト申テ、八偈ノ文ヲ誦シケレバ、即ユルシテ帰ケルトカヤ。

サシモノ悪王ソラ情有ト申伝タリ。是ハ少モ情ヲ不残一ズ、

無（二）キ哀ム事（一）。サレバ地獄ノ苦モカクヤト覚侍リキ。是等ヲ思

列ネ候ヘバ、後生ノミナラズ、今生ニモ六道ノ苦患ハアリケル

ニヤ。今一ノ道、其マデハ不及申一」ト申サセ給ケレバ、御涙ヲ

流サセ給テ、「誠ニ加様ニ委ク被仰一之時コソ、六道ノ有様ダニト

思知レ侍レ。今一ノ道ハ何事ニカ。是程承程ニテハ非可憚思

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召一。同ハ承バヤ」ト申サセ給ケレバ、「家ヲ出、カヽル憂身卜成ヌル

上ハ、何事ニカ慎侍ルベキ。今コソ申サズトモ、後生ニテ

浄頗梨ノ鏡ニ移レ、倶生神ノ札ヲ糺ム時ハ、何ノ隠カ可侍一。

天竺ノ術婆迦ハ后ノ宮ニ契ヲナシテ、墓ナキ夢地ヲ

恨。阿育大王ノ子倶那羅太子ハ、継母蓮花夫人ニ思ヲ被懸一

ウキ名ヲ流シ、震旦ノ則天皇后ハ、長文成ニ逢テ遊仙崛ヲ

得給ヘリ。我朝ノ奈良帝ノ御娘孝嫌女帝、恵美大

臣ニ犯サレ、文徳天王ノ染殿ノ后ハ、紺青鬼ニヲカサレ、亭子ノ院ノ

女御京極御息所ハ、時平ノ大臣ノ女也、日吉詣給ケルニ、志賀寺

聖人心ヲ奉テ懸一、今生之行業ヲ奉譲シカバ、哀ヲ懸給テ御手ヲ

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タビ、『実ノ道ノ指南セヨ』トスサマセ給キ。在原業平ハ五条

亘ノアバラ屋ニ、『月ヤアラヌ』ト打ナガメ、源氏ノ女三宮ハ又

柏木ノ右衛門督ニマヨヒテ、香ヲル大将ヲ産給ヘリ。『イカヾ

岩根ノ松ハ答ム』ト源氏ノ云ケムモハヅカシヤ。狭衣之大

将ハ、『聞ツヽモ涙ニクモル』ト打ナガメ、天竺晨旦我朝、高モ

賤モ女ノ有様程心憂事候ワズ。『燈ニ入夏ノ虫、ハカナキ

契ニ命ヲ失、妻ヲ恋ル秋ノ鹿、山野ノ獣、江河ノ鱗、草村ニ

スダク虫マデモ、ハカナキ契ニ命ヲ失』ト承ル。サレバ涅槃経ニハ、

『諸有三千界、男子諸煩悩、合集為一人、女人為業障』ト

説給ヘリ。大論ニハ『不嫌貴賤、但欲是堕』ト説レタリ。都ヲ

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出テ後ハ、イツトナク宗盛知盛一船ヲ棲トシテ、日重

月ヲ送シカバ、人ノロノサガナサハ、何トヤラン聞ニクキ名ヲ

立シカバ、畜生道ヲモ経ル様ニ侍リキ。大方ハ一旦快楽之

栄花ニ誇テ、永却無窮之苦報ヲモ不覚一、出離生

死之謀ヲモ不知一。只明テモ晩テモ無墓一思ニノミホダ

サレテ過シ侍キ。是豈愚癡闇鈍之畜生道ニ迷ルニ非

ヤ」ナムド、御涙ヲ流テ申サセ給ケレバ、法皇弥御涙ニ

咽バセ給テ、昔ヲ思出サセ給ニモ、御歎ノ色ノ深ノ程モ思召

知ラレケリ。「同御歎ト申ナガラ、一方ナラズ、イカバカ

リノ御事ヲノミ思召ラムト、御心中思遣マヒラスル

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コソ心苦ク侍レ」ト申サセ給ケレバ、女院ハ、「何事モ先

世ノ宿業ニテ候へバ、強ニ不可歎一候。ウセヌべカリシ檀浦

トカヤニテ、母ニモオクレ天子ニモ奉別一キ。親ヲ思ヒ子

ヲ哀事、アヤシノ山野ノ獣、江河ノ鱗ニ至マデ、不浅

事ニコソ。サレバイヤシキシヅノオナレドモ、老タル母ヲ

思故ニ、土ヲ堀テ子ヲ埋ム類モ有ケルニヤ。又心ナキ野

辺ノ雉ソラ子ヲ思故ニ、野火ノ為ニ身ヲホロボストカヤ。

増テ人間界ノ歎、親ニ後レ子ニ別ルヽ程ノ悲歎ヤハ侍ルべキ。

サレドモ思歎ニハ露ノ命モ消ザリケルニヤ。今日マデ

ナガラヘ侍ルニ付テモ、身ナガラモツレナカリケル有様哉ト、

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口惜モハヅカシクモ侍ベリ。サレバ釈尊入滅之時、迦葉尊者

一鉢ヲ捨テ叫ビ給シ声、三千世界ニ響キ、〓梵波提ハ思ニ

絶ズシテ、水トナリテ消ニキ。智恵勇猛ナル羅漢ソラ、

非滅還滅之理ヲ乍知一、当座ニ別シニ不絶一リキ。況是ハ凡

夫也、愚痴也、無智也。別モ世ノ常ナル別ニ似ズ。歎モ一品ナル

歎ニ非ズ。兵共御船ニ乗移リ、夷共乱懸り、今ハ限ト成シカバ、

二位殿、『昔ヨリ賢人ハ骨ヲバ埋トモ名ヲバ流セト云ヘリ。

此天子ヲバ我奉懐一テ海ニ入ム』トテ、先帝ヲ帯ニテ我身ニ

ユイ合進テ、鈍色ノ二衣引マトヒ、神璽ヲ脇ニハサミ、宝剣ヲバ

腰ニ指テ、既ニ船バタニ被望シニ、先帝何心モナク、ホレ＜”ト

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アキレ給ヘル気色ニテ、御グシノ肩ノ渡リニユラ＜房々ト

懸テ、行末遥ノ緑ノ御スガタ、花ノ皃バセ譬エム方ナク、望

月ノ山葉ヨリ出ル心地シテ、ウツクシカリシ御有様ヲ

空ク奉テ見成一、一日片時モ世ニナガラフべシトモ不覚一侍

シカバ、『共ニ底ノミクヅト成ム』ト取付奉シヲ、二位殿、『人ノ罪ヲバ、

親ノ留リ子ノ残リテ訪ワヌカギリハ、苦患遁レザムナル物ヲ。

サレバ我身コソ今ハ空ク成ルトモ、残留テ、ナドカ先帝ノ御

菩提ヲモ、我等ガ苦患ヲモ訪給ハザルべキ』トテ、引放テ

出給シカバ、『イヅクヘ行べキゾ』ト先帝被仰シカバ、『浄土ヘ具シ

進ベシ』トテ、先伊勢大神宮ノ方ヲ伏拝奉リ給テ、西ニ向テ、

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『流転三界中、恩愛不能断、奇恩入無為、真実報恩者、

南無西方極楽教主阿弥陀仏』ト、十念高声ニ唱給テ、『設

我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念、若不生

者、不取正覚、光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨ノ

御誓タガヘ給ワズ、必ズ引摂ヲ垂給ヘ』ト唱モアヘ給ハズ、海ニ飛入り

給シ音計ゾ、カクカニ船底ニ聞ヘシカドモ、消ハテ絶入ニシ心ノ内ナ

レバ、夢ニ夢ミル心地シテ、貞ニモ覚ヘ不侍一キ。世々生々ニモ其

面影争カ忘レ侍べキ。誠ニ振旦高麗ニハ賢ヲエラビ智ヲ

尊ビテ、其氏ナラネドモ天子ノ位ヲ践トカヤ。我朝ニハ御

裳濯川ノ御流之外ハ、此国ヲ治メ給ワズ。然ニ先帝ハ神武

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八十代之正流ヲ受テ、十善万機ノ位ヲ践給ナガラ、齢未

幼少ニマシ＜シカバ、天下ヲ自治ル事モナシ。何ノ罪ニ依

テカ、忽ニ百皇鎮護ノ御誓ニ漏レ給ヌルニヤ。是即我等ガ

一門、只官位俸禄身ニ余リ、国家ヲ煩スノミニアラズ、天子ヲ

蔑如シ奉リ、神明仏陀ヲ滅シ、悪業所感之故也。加之、古事

ヲ訪候ニ、安康天皇ハ允恭天皇ノ御子也、眉輪王ニ御

身ヲ滅サレ、崇峻天皇ハ欽明ノ太子也、馬子大臣ノ為ニ誅

セラレ給キ。サレドモ御骨ヲバ皆此土ニコソ留メ給シカ。

其上御年モ闌テコソオワシケメ。是ハ御歳モ未幼ク、僅ニ

八歳也。此国ニ跡ヲモ骨ヲモ留給ワズ。悲哉。只無甲斐一

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女ノ身ニ後世ノ苦ヲ思遣リ奉リ、六道四生、三途八難ノ

業ヲダニ祓ヒ奉ラムト、夜ル昼怠時ナク訪候ヘドモ、無明

悪業之雲厚シテ、出離生死之闇未晴ルヽ方ヲ不知一。

トテモカクテモ不絶一身ニソウ物トテハ、只悲ノ涙計、寤

寐モ祈念スル事トテハ、『一念弥陶仏、即滅無量罪、

現受無比楽、後生清浄土、西方弥陶、信心影像、一念十

念、当得往生』、是等ノ御誓之外ハ心ニ懸タノメル方侍ラズ。

貧女ガ一灯ヲ捧テ仏ヲ奉供養一ケムモ、今コソ思知ラレ

侍レ。サリトモ三世諸仏モナドカ納受シ給ハザルベキト

コソ、憑ク覚ヘ侍レ。其中ニモ道心サメガタク侍ルハ、国母ノ

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衰ヘタルニマサレルハ候ハザリケルニヤ。猿ニテモ過ニシ

比、不思儀ノ夢ヲ見タル事候キ。宗盛知盛ヲ始トシテ、

受領検非違使共ガ並居テ候ケル所ヲ、門戸ヲ固ク閉テ、

『是ハ龍宮城ト申テ、此所ニ入ヌル者ハ二度無帰事一』ト申シヲ、

『苦患ハ無カ』ト問侍シニ、新中納言立出テ、『一日三時ノ患アリ。

助テ夕べ』ト申ト覚テ、サメテ打オドロカレ侍キ。サレバ、海ニ

入ヌル者ハ必ズ龍王ノ眷属トナルト、心得テ候。訪レムトテコ

ソ夢ニモミヘ侍ラメト思ヘバ、法花経ヲヨミ、弥陀ノ宝号ヲ

唱テ訪候ヘバ、サリトモ一業ハナドカ免ザラムト、憑シクコソ

侍レ。サレバ、是ニマサレル菩提ノ勤アラジトコソ覚ヘ侍レ。昔

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右大臣ノ都ヲ出サセ給テ、西海ニ趣キ給トテ、都ノ跡ヲ思出テ、

　東風吹バ匂ヲコセヨ梅ノ花アルジナシトテ春ナワスレソ

去年今夜ハ侍（二）清涼一ニ、秋思詩篇独断腸一。ト詠ゼラル。王照

君ガ王宮ヲ出テ、胡国ニ趣テ十九年マデ歎ケムモ、我身

ニテコソ思知ラレ侍レ。捨ガタカリシ都ヘ再立帰タレドモ昔ノ様ニ

不覚一。七世之里ニ帰リケム人モカクヤ無便一侍ケム。弓削ノ以

言ガ伊与国ヨリ帰リテ、都ノイタク荒レニケルヲ見テ、

　青衫昔見猶花麗、白首今帰盍黍籬。

ト書タリケムモ理ト覚テ、既浦嶋ガ子ノ箱ノ様ニ、明晩ハ悔ク覚

侍テ、先帝之面影片時モ立離ルヽ事ノ無ニ付テモ、唐帝之

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陽貴妃ヲ尋、漢王ノ李夫人ノ形ヲ甘泉殿ニ写シ置ケム

モ、理ト覚テ侍キ」ナムド、来方行末ノ事共サマ＜”ニカキ

クドカセ給、泣／＼申サセ給ケレバ、法皇ヲ奉始一、供奉ノ人々

是ヲ聞給テ涙ヲ流ツヽ、「昔釈迦如来ノ霊山浄土ニテ法ヲ

説、伝教智証ノ四明、園城ニシテ被経釈一ケムモ、是程ニヤハ

哀ニ貴カリケム」ト、各思アワレケリ。女院ハ、「今日ハナニトナキ

事共申ナグサミ侍リヌ。是マデ申ツヾケ候ヘバ、様ヲカへ世ヲ

遁タラムカラニ、イツシカケシカラヌロノ聞サマヨトハ思食レ候

ラメドモ、物ヲハヂツヽムモ様ニコソヨリ候ヘ。カヽル有待ノ身ノ危

サハ、菩提ノサマタゲニ成ト承レバ、辱ヲワスレテ申候也。其ニ付テモ、

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今日ノ御幸コソ可然一善知識ト、ウレシク候へ。送日一重夜トモ不

可申尽一。既ニ日クレ侍リヌ。トク＜還御ナルべキ」ヨシ申サセ給。御

物語モ漸過シカバ、寂光院ノ入合ノ鐘、今日モ晩ヌト打シラレ、

夕陽西ニ傾テ、夜モフケヌべカリシカバ、法皇御余波ハ尽セズ被

思食一ケレドモ、御涙ヲ押ヘテ還御成ニケリ。露ヲカネドモ袂

ヲヌラシ、時雨セネドモ打シホレ、泣々還御成ケリ。来迎院ノ

サビシサ、瀬料里ノ細路難忘一、哀ニ心細ゾ思食サレケル。女院ハ

庭上マデ出サセマシ＜テ、遥ニ奉送見一ラル。昔ヲ思食出ケル

御涙ノ色深ゾ見ヘサセ給ケル。良僧正ノ、

　　末ノ露本ノシヅクヤ世中ノ後レ前立タメシナルラム

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ト詠ケムモ、誠ニ理ト思召知ラレケリ。法皇モ道スガラ御

涙ニ咽バセ給テ、哀尽セズ思食レケレバ、御カヘリミガチニゾ

被思召一ケル。還御モ漸延サセ給シカバ、女院ハ持仏堂二入セ

給テ、念仏高声二申サセ給テ、「聖霊決定生極楽、上

品蓮台成正覚、菩提行願不退転、引導三有及法界、

天子聖霊、成等正覚、一門尊霊、出離生死悲願。必ズ

アヤマチ給ワズ、日来ノ念仏読経ノ功力ニ依テ、一々ニ成仏得

道ノ縁ト導キ給ヘ」ト、泣々祈念セサセ給テ、御涙ニ咽セ給ケル

コソ哀ナレ。法皇ノ御幸ヲ御ラムゼラルヽニ付テモ、昔ヲ思

出ツヽ悲マセ給ヘル御有様、サコソ思召ラメト、ヨソノ袂マデモ

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可朽一ゾ覚ヘシ。其後朝ニ立出マシ＜テ御覧ジケレバ、御庵

室ノ柱ニ。

　　古ヘハクマナキ月ト思シニ光リヲトロフミ山辺ノサト

我身ノ御事ヨト思食入テ、誰人ノシ態ニヤト、理トゾ思食レ

ケル。御袖カワクマゾナカリケル。徳大寺ノ左大将実定卿ノ

カヽレタリケルトカヤ。昔世ヲ治メ給シ時ニハ、東ニ向ワセ給テ、

「南無伊勢大神宮、正八幡宮、御眦ヲ比テ、天子宝算、千

秋万歳」ト祈リ、今世ヲ遁レサセ給ヘル勤ニハ、西ニ向ワセ給テ、

「南無西方極楽教主阿弥陀仏観音勢至、願ハ狂言綺語ノ

誤ヲ飜而、六道四生三途八難之苦患ヲ祓テ、九品之台ニ

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迎ヘ給ヘ」ト申サセ給フ御祈念之程コソ、返々モ哀ナレ。寿永

二年ハ何ナル年ゾヤ、天子翠躰悉ク西海波下ニ流ケム。

三月下旬ハ何ナル月ゾヤ、月卿雲客併ラ関路ノ湖底ニ

朽ニケム。昔ヲ思ヒ今ヲ顧ニ、悲ヲソへ哀ヲ不催一ト云事ナシ。

廿六〔建礼門院法性寺ニテ終給事〕　女院ハ法皇還御之後、サスガ都ノミ恋ク被思食一テ、日来

思食入サセ給タリツル宛光院ノ御スマヒモ、カレ＜ニ思食

ナリテ、何ナリケル御便ニカ有ケム、法性寺ナル所ニカスカナル

御有様ニテ住マセ給ケル程ニ、承久三年後鳥羽院ノ御合戦ニ、

都モ不閑一、院ヲ始奉テ、御子ノ院々宮々モ、東夷ノ手ニ懸テ

国々ヘ流サレサセ給ヲ聞食ニ付テモ、先帝ヲ奉テ始一メ、一門一々

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都ヲ落テ、西海ノ浪上ニ漂テ、終ニ海底ニ沈給シ事共、只今ノ

様ニ思食出サレテ、弥御歎ツキセズ、「何ナル罪ノ報ニテ、カヽル

憂世ニ生合テ、ウキ事ヲノミ見聞覧。寂光院ニアラマ

シカバヨソ聞マシカ。指ガ是程目ノ当リハ見聞ザラマシ」トサへ思

食ゾ、責ノ事ト覚テ哀レナル。是ニ付テモ朝夕ノ御行法

不怠一。御年六十八ト申シ貞応二年ノ春暁ニ、紫雲空ニタ

ナビキ、音楽雲ニ聞ヘテ、臨終正念ニシテ、往生ノ素懐ヲ

遂サセ給ニケリ。御骨ヲバ東山鷲尾ト云所ニ奉納一ケルトゾ聞ヘシ。

今生ノ御恨ハ一旦ノ事也。善知識ハ是莫大之因縁ト覚テ、

目出ゾ聞ヘシ。昔ノ如、后妃ノ位ニテ渡セ給ハマシカバ、女性ノ御身ト

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シテ、争カハ彼法性ノ常楽ヲ証ゼサセ給べキト哀也。

「源平ノ相論出来テ、災ニ合セマシ＜ケルハ、偏ニ往生極楽之

霊瑞ニテ有ケル物ヲ」トゾ、人申合ケル。サレバ日来ハ自

利々他之行業、廻向ノ功力、冥途ニ到テ、御一類モ共離（レ）苦

得（レ）楽、疑ヒ有ジ者哉。

廿七〔頼朝右大将ニ成給事〕　源二位ハ、建久元年十一月七日上洛セラレテ、同九日、正二位

大納言ニ任ゼラル。同十二月四日、大納言右大将ニ拝任。即両

職ヲ辞シテ、同十六日、関東ヘ下向セラレヌ。同三年三月

十三日、法皇隠サセ給ヌ。

廿八〔薩摩平六家長被誅事〕　同六年三月十三日、東大寺大仏供養有ケルニ、随兵ノ

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為ニ二位殿上洛セラレ、三月十二日、南都ヘ着給テ、次朝十三日

辰剋ニ、東大寺ヘ参詣セラレケル。「南大門ノ東ノ脇ニ大衆集

会シタル中ニ、アヤシキ者ノミエツル、召テ参レ」ト宣ケレバ、

即梶原走向テ、引張テ参タリ。ヒゲヲソ（ッ）テ、カミヲソラヌ

者也ケリ。子細ヲ尋ラレケレバ、「カ程ニ成ヌル上ハ論申ニ不

及一候。運尽給ヌル平家ノ方人仕ニヨリテ、カク罷成候ヒヌ。是ハ

平家ニ祇候シテ候シ、薩摩平六家長ト申者ニテ候。若

便宜候ハヾ〔ト〕存テ、伺マヒラセ候ツルナリ」ト迫状シケレバ、「志ノ

程神妙也」ト感ジ給ケリ。供養ノ後、都ヘ帰給テ、ヒソカニ被切ニケリ。

廿九〔越中次郎兵衛盛次被誅事〕　越中次郎兵衛盛次ハ、都ニモ不安堵一シテ、但馬国ニ落行テ、

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気比権守道弘ガ許ニ隠居タリケリ。人是ヲ不知一。道弘ガ

娘ノ有ケルニ、盛次忍テ通ヒケリ。サレドモ針袋ヲトヲス風

情ニテ、隠ナカリケリ。盛次忍テ京ヘ上テ、年来知リタリ

ケル女ノ許ヘゾ通ケル。或夜彼女、「サテモイヅクニオワスルゾ。カ

ヤウニ情ヲカケ給へバ、露オロカノ儀ナシ」ト、ネムゴロニ云ケレバ、

「我ハ但馬国気比権守道弘ト云者ガ許ニ有也。穴賢人ニ

披露スナ」トゾ語リケル。サル程ニ鎌倉殿ヨリ、「越中次郎

兵衛盛次、搦テモ誅テモ進セタラム者ニハ勧賞有べシ」

ト披露有ケリ。彼女ニハ又年来ノ寝夫アリケリ。此

夫有夜ノネザメニ、「盛次ヲ搦テモ誅テモ進セタラム者ニハ

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勧賞行ワルベキヨシ、鎌倉殿ヨリ披露アリ。哀、イヅクニ

カ有ラム。搦テ勧賞ヲ蒙バヤ」ト云ケレバ、人ノ心ノウタテ

サハ、マ男ニヤ移リケム、此女、「ワラワコソ知タレ」ト申ケレバ、男悦テ、

様々ノ引出物ヲシテ、スカシ問ケレバ、女有ノマヽニ語リタリ

ケリ。即鎌倉殿ニ此由ヲ申タリケレバ、ヤガテ道弘ニ仰テ、

搦テ献ルべキヨシ被仰一。折節建久八年比、道弘大番ノ為ニ

在京シテ有ケルガ、我身ハ不下一シテ、道弘ガ妹聟、朝

倉大夫持テ候シガ、「今ハ運ツキテ、カヤウニ搦メ召レ候上ハ、力

及候ハズ。トク＜首ヲメセ」トゾ申ケル。二位殿打ウナヅキ、「哀、

是等ヲ助置テ召仕バヤ」ト思給ケレドモ、「平家ノ侍ノ中ニハ一二ノ

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者也。虎ヲ養フ愁有」トテ、終ニ盛次ハ伐レニケリ。

三十〔上総悪七兵衛景清干死事〕　上総悪七兵衛景清ハ降人ニ参リタリケルヲ、和田左衛

門尉義盛ニ預ラル。昔平家ノ時ニ振舞シ様ニ、ヤヽモスレバ義

盛ヲ思蔑リテ、盃モ前ニ取リ、挺ヨリ馬ニ下リ乗ナムドシ

ケレバ、義盛モテアツカヒテ、「景清ガ義盛ヲバ余ニ．蔑リ候ニ、他

人ニ預タビ候ヘ」ト申タリケレバ、八田四郎知家ニ預ラレニケリ。

後ニハ法師ニナリテ常陸国ニ有ケルガ、東大寺供養三

月十三日ト聞ユ。先立テ七日以前ヨリ飲食ヲ断テ、湯水

ヲモ喉ヘモ入レズ。供養ノ日、終ニ死ニケリ。

卅一〔伊賀大夫知忠被誅事〕　六代御前被宥一給テ後十二年ト申シ、建久七年七月十

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日申剋ニ、法性寺一橋辺ニ謀叛者立籠タリトテ、二位殿ノ

妹聟、一条ノ二位入道ノ侍、後藤左衛門基清子息、新兵衛

基綱、五十余騎計ニテ馳向テ、搦取ムトシケレバ、彼所後ニハ

大竹シゲリテ、前ニハ高岸ニテ橋ヲ引タリ。外ヨリ借橋ヲ

亘シテ打入テミレバ、隠籠タリケル者共待請テ散々ニ戦

ケルガ、大勢猶馳重リケレバ、コラヘズシテ、打死スル者モア

リ、自害スル者モアリ、自害半ニシカケタル者モアリ、

又後ヨリ堀ヲ越テ落ル者モアリ。大将軍ハ故新中納言ノ

御子、三歳ニテ叙爵シテ、伊賀大夫知忠トテ、紀伊次郎

兵衛為範入道ガ養君ニシタリケル、年廿計ナル人ナリケリ。

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年比ハ伊賀国ノ山寺ニオハシケルガ、年モヲトナシク成テ、

地頭守護モアヤシミヌベカリケレバ、建久七年ノ秋ノ比ヲヒ

ヨリ、法性寺ノ一ノ橋ノ辺ニ忍テオハシケルニ、平家ノ侍共僅ニ

甲斐ナキ命計生テ有ケルガ、此知忠ヲ大将ニテ少々

立籠タリケリ。越中ノ次郎兵衛盛次、上総五郎兵衛

忠光、悪七兵衛景清、飛騨四郎兵衛景俊等也。手ノ

キハ軍シテ、城ノ中ミダレニケレバ、後ノ竹原ヨリ逃ニケリ。

是等ハ西国ニテ軍ヤブレケレバ、平家ノ人＜海ヘ入給シ時、

共ニ入タリケレドモ、究竟ノ水練ニテアリケレバ、海ノ底ヲ

ヅブニハイテ、地へ付テ迷アリキケルホドニ、伊賀大夫ノ

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許ヘ尋行テ有ケルニ、ツヨクセメケレバ、叶ハズシテ逃ニケリ。

甲者ハヨクニグルトハ、カヤウノ事ヲ申ベキナリ。平家ノ

家人ノ中ニハ宗ノ侍、一人当千ノ者共ニテ、門司関ニテモ

是等ニコソ人ハ多ク討レシカ。為範ハ養君ノ自害シ

タルヲ膝ノ上二引係テ、腹カヒ切テ、ウツブシニ伏タリケリ。

其子共三人、兵衛二郎、同三郎、同四郎トテ有ケルモ、

同ク自害シテ左右ニ伏タリ。哀ナリシ事也。其比、管絃

スルトテ寄合／＼、夜ハ遊テ暁ハカヘリ＜シケルヲ、在地ノ者共

アヤシミテ、二位入道ニ告申テ討セタリケルトカヤ。彼所ハ平

家相国禅門、吉城廓也トテ、城ニ構ヘムトテ、シメヲカレタリシ

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所也。後藤左衛門、首共取集テ、二位入道ニ見セ奉タリ

ケレバ、若人ノ首ニテハ有ケリ、一定知忠ノ首トモ知給ハズ。

此人ノ母ハ治部卿殿トテ、七条ノ女院ニ祗候ノ女房ナリ

ケルヲ、迎ヨセラレテ、「一定知忠ノ頸カ」トミセラレケレバ、女

房宣ケルハ、「七歳ト申シニ為範ニ預置テ、我身ハ故中納言ニ

具セラレテ西国ヘ罷リシ後ハ、生タリトモ死タリトモ其

行ヘヲシラズ。マシテ相見ルマデハ思モヨラズ。〓ニソトハ覚

ネドモ、故中納言ノ顔ザシノ思出サルヽ。サニコソ」ト宣テ泣給。

「サテコソ一定」トハ知レニケレ。今更ノ事共思出給ケム心ノ

中コソ哀ナレ。

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卅二〔小松侍従忠房被誅給事〕　小松殿子息六人オハセシモ、此コ彼コニテ被失ケル中ニ、丹

後侍従忠房ハ屋嶋ノ軍ヨリ落テ、行方ヲ不知ツルガ、紀

伊国住人湯浅権守宗重ガ許ニ隠レ居ラレタリケリ。是

ヲ聞テ、和泉、紀伊国、摂津国、河内、大和、山城、伊賀、伊勢、近

国ノ平家ノ家人共、一人二人来加リケル程ニ、五百余人籠タリ。

二位殿此ノ由ヲ聞給テ、熊野別当堪増法眼ニ仰テ、三ヶ

月ガ間ニ責戦事八ヶ度也。湯浅ニハ究竟ノ城アリ。岡村ノ

城、岩野河城、岩村ノ城トテ三所アリ。彼城ニ究竟ノ者共

立籠タリ。此外又湯浅ガ家子郎等、数ヲ知ズ。中ニモ湯浅ガ

甥、神崎尾藤太、舎弟尾藤次、聟ニ藤並十郎、其養子ニ

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泉源三兄弟、岩殿二郎宗賢ナド云、一人当千ノ兵共

立籠タルアヒダ、輙ク責落シガタシ。湛増タノミ切タル侍、

須々木五郎左衛門ト云者、人ニモスグレテスヽミ出テ戦

ケルヲ、湯浅ガ甥尾藤太、大鏑矢ノ十五束アルヲアクマデ

放ツ矢ニ、五郎左衛門尉ガ鎧ノ押付ノ板ヲ、主ヲコメテ

射通シタリ。是ヲミテ打手ノ兵共スヽミタヽカハズ。惣ジテ

三月之間ニ合戦数度ニ及ブ。カヽリケレバ熊野法師多ク

手負テ、郎等アマタ被誅一ニケリ。堪増、「責戦ニ今ハ官兵

力ラツキテ候。国ヲモ四五ヶ国被寄べシ」ト申タリケレバ、

二位殿被仰ケルハ、「官兵ノ云甲斐ナキニコソアムナレ。

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何サマニモ始終ハ争カコラフべキナレバ、勢ヲモ上スベキ

ニテハアレドモ、謀ヲ廻シテヨスべキナリ。山海ヲ能守護

シテ盗人ヲ鎮ヨ。固ク守護セバ兵粮米尽テ、一人二人落ム

程ニ、一人モ有マジキゾ」ト被仰一。依之一守護キビシカリケレバ、

如案一兵粮米尽テ、思々ニ皆落失ニケリ。二位殿被仰一ケルハ、

「小松殿ノ公達降人ニナラムヲバ宥申べシ。立合ワム人々ヲバ誅ス

ベシ。平治ノ乱之時、頼朝ガ死罪ニ定リシ事ヲバ、池尼御前ノ

使トシテ、小松殿、大政入道ニ能様ニ被申一シニヨリテコソ、流罪ニ

モ定リタリシカ。サレバ小松殿ノ公達ノ事、疎トモ不思一」トゾ

宣ケル。忠房、湯浅ノ宗重ガ責落レテ、降人ニ成テ鎌倉ヘ

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下給タリケレバ、二位殿対面シ給テ、「都近キ片畔ニ如形事

ナリトモ、思知奉ラムズルゾト、上洛可有一」ト宣ケルニ付テ、被

上ケル程ニ、近江国勢多ト云所ニテ、タバカリテ切テケリ。

賢カリケル謀也。

卅三〔土佐守宗実死給事〕　又小松殿ノ末子ニ土佐守宗実ト云人オワシケリ。三歳ヨリ

シテ、大炊御門左大臣経宗取奉テ養奉リテ、異姓他人ニ

ナシテ、弓矢ノ道ヲモタシナマズ、只文筆ヲノミ教給テ、朝

家ニ仕ヘ給テ、今年ハ十八ニ成給ケルヲ、鎌倉ヨリハ尋ハ無リ

ケレドモ、猶世間ニ恐テ、昔ノ好ヲ忘レテ追出サレケレバ、無シテ

行方一、大仏ノ聖、春乗上人ノ許ニオワシテ、本鳥ヲ切テ、「是

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剃下シテタビ候ヘ」ト宣ケレバ、上人、「誰ニテオワスルゾ」ト被問一ケレバ、

「是ハ故小松内府ガ末子ニテ候ケルヲ、三歳ヨリ大炊御

門左府猶子ニシテ今マデ候ツルヲ、世間ニ怖テ追出テ

候時ニ、カミヲソリテ御弟子ニ成テ、後世ヲモ助カリ候バヤ

トテ、平ニ参テ候也。アシカルべシト思食レ候ハヾ、鎌倉ヘ

此由ヲ申サセ給テ、其左右ニ随セ給ヘカシ」ト宣ケレバ、上人憐給テ、

東大寺油蔵ト云所ニスヘ奉リテ、怱ギ鎌倉ヘ使ヲ立テ、二位殿ニ

被申一タリケレバ、「強ニ罪深カルべキ人ニ非ズ。其上出家入道シテ

ケレバ、サ様ニテ其ニ置給へ」ト被申一タリケレバ、上人ナノメナラズ

悦テ置奉リタリ。後ニハ高野山蓮華谷ト云所ニ住シテ、

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生蓮房トテ近マデオワシケルヲ、此伊賀大夫ノ事出テ、

猶アシカリナムトテ、土佐入道生〔蓮〕房ヲバ鎌倉ヘ呼下サレケサ

レケレバ、入道、出給ケル日ヨリ飲食ヲ断テ、十三日ト申スニ、足

柄山ヲ越テ関本ト云処ニテ、終ニ失給ヒヌ。哀ナリシ事共也。

卅四〔阿波守宗親発道心事〕　阿波守宗親トテ八嶋大臣殿ノ末子オワシケリ。誠ニハ養

子ニテオワシケリ。花園左大臣殿ノ御末トカヤ。此モ平家ホ

ロビテ後出家シ給ヒテ、信戒房トテ、仏性房ト申聖リ相共ニ

高野ニ籠リ居テ、年々久行給ケリ。其後大仏ノ聖ノ唐ヘ渡リ

ケルタヨリニツキテ渡ル。彼国ニ年来有テ行給ケル有様、世ノ

常ノ事ニハアラズ。偏ニ身命ヲ惜マズ。或時ハ出家坐禅トテ、同行

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三人グシテ探キ山ニ入テ、草引結程ノ閑窓ダニナクテ、偏ニ雨

露ニ身ヲ任セツヽ、四五十日ト行給ケレバ、今二人ハ不堪一ヘシテ、

ステヽ帰ニケリ。其後ニ又此国ヘ帰テ、都ノホトリハ事ニフレテ

スミウシトテ、大臣殿ノ「アクロ、ツガロナリトモ、ユリダニシテハ」

ト宣ケムカタ、其名サヘムツマジクテ、常ニハエビスガスム、アク

ロ、ツガロ、ツボノイシブミナド云方ノミニスマレ給ケルトカヤ。

妹アマタオハシケル中ニ、天王寺ニ理円房トテスミ給ハ、建礼門

院ニ六条殿トテ候給ヒシ女房也。彼ノ聖ノ有様、山林ニ迷ヒアリキ

テ跡モトヾメズナドバカリハ、ホノカニキコユレドモ、近比ハ対面ナド

セラルヽタヨリモナケレバ、イキテヤオハスラン、シラズ。ヒタスラ

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昔シ語ニテ過給ケルニ、此三四年神崎ト申処ニ、思ヨラヌ程ニ、ヨニ

スヾシゲナル人アリ。童部余タ尻ニ立テ、物狂トテ咲ヒノヽシル。

ソノサマヲミレバ、人ニモアラズ、ヤセクロミタル法師ノカミギヌノ

キタナキガ、ワラ＜トヤレタルガウヘニ、アサノ衣ノコヽカシコ結ビ集メタ

ルヲ、ワヅカニカケツヽ、片方ヤブレ失タルヒガサヲキタリ。「穴糸惜、

コハナニ物ノサマゾ」ト思程ニ、年来穴倉心ニカヽレル信戒房也。是

ヲミ給ニ目モクレテ、哀ニ悲キ事無限一。目近クミム事モカハ

ユキサマナレバ、フルキ物共ヌギステ、湯ナムドアブセ（　　）

奉リテ後、閑ニ年来ノイブセサモ語ラレケリ。「今ハ年モ高ク

ナリ給タリ。行フべキ程ニ勤テ過給ニキ。何クニモノドカニシヅマリテ、

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念仏ナド申テ居給ヘ」ト、ネムゴロニイサメテ、山里ニイホリヒトツムスビ

テ、小法師一人沙汰シ付テ、其用意ナド彼妹ノ沙汰シ被送一ケレバ、

シブ＜ナガラ月日ヲスゴシ給ケルホドニ、或時河内ノ広河ト云所ニス

ム聖トカヤ尋来ケリ。コレニ対面シテ、終夜ラ物語セラレケルヲ、

此小法師物ヲヘダテヽキヽケレバ、「カクテモナヲ後世必ズシウ

べシトモ不覚。事ニフレテ障リアリ。只本有シヤウニ、イヅクトモ

ナク迷ヒアリキテ、イサヽカモ心ヲケガサジト思テ」ナド有ケレバ、

アヤシト思ケレドモ、忽ニ有ベキ事トモ思ハデ過ル程ニ、其後四

五日有テ、何クトモナク失ラレニケリ。小法師心有ケル者ニヤ、

悲シク覚テ、泣々尋アリキケレドモ、イヅクヲハカリトモナシ。

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「有シ夜ノ物語ノ中ニ、丹波ノ方ヘトカヤ、詞ノサキ計程ニキコヘシ

物ヲ」ト思テ、志ノ余ニイヅクトモナク尋行ケレバ、アナウト

云所ニテ、希有ニシテ尋合奉ニケリ。聖オボヘズアキレタル

気色ニテ、「何ニシテ来タルゾ」トイワレケレバ、「日比モサルベキニ

テコソ仕リツラメ。何ナル有様ニテモ、御共ニ候ハムト思侍志シ

深テ」ナド、泣々キコユ。「志ハイト有難ク哀也。シカハアレドモ、イ

カニモ／＼叶マジキ」ヨシ宣バ、猶モシヰテモキコヘバ心ニモ違ヒ

ヌべキ様ナレバ、泣々カヘリニケル後ハ、居所モ定メズ、雲風ニ跡ヲ

任テ、更ニ行ヘモシラズ。イト貴ク、末世ニハ有難キ程ノ、無極ノ

道心者也。此人計ゾ迷アリキテ、平家ノ後世共被訪ケル。

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卅五〔肥後守貞能預観音利生事〕　西国ノ合戦之時、平家重代相伝ノ所従、大略滅失ヌト思シニ、イ

カニシテ漏ニケルヤラム、肥後守貞能モ打洩ラサレテ、紀伊国

ナル所ニカクレ居タリケルガ、年来清水ノ観音ヲ信ジ奉テ、功ヲ

入マヒラセケルガ、今ハ程モ遠シ、世間モオソロシク覚テ、参ル事モ

叶ハザリケレバ、等身ノ千手ヲ造奉テ、朝夕ニ恭敬礼拝シ奉ル。猿

程ニ、此貞能カクレ居テ有ト云聞ヘ出来テ、鎌倉ヘ被召下ケル

ニ、「此本尊ヲカクテ置奉ムヨリハ、同ハ清水ヘ送置マヒラセム

ト思ナリ」トテ、送置マヒラセテケリ。サテ貞能ハ鎌倉ヘ下タリ

ケレバ、湯井ノハマヘ出シテ頸ヲキラルヽニ、都ノ方ヘ向テ、「南無千手

千眼大慈大悲観自在大聖、後世助ケ給ヘ」ト三度伏拝テ、

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サラバトクシテ頸ヲ延ケレバ、キラムトスルニ、大刀俄ニオレテケリ。

サレドモ何ト思ヒワク事ナクテ、又別ノ大刀ヲ以テキルニ、又如先一オレ

ニケリ。貞能モ不思議ニ覚ケリ。其時切手モ奉行モアヤシミテ、

故ヲ問ニ、「何事モ侍ラズ。我年来清水ノ観音ヲ憑奉テ年久シ。

即チ只今モ、『後生助給ヘ』ト申計也。其外ハ何事モナシ」ト

申セバ、「サテハ疑ナキ観音ノ御計ニテコソ」トテ、「此次第ヲ鎌

倉殿ヘ申サデハイカヾ」トテ、使ヲ怱マヒラセケリ。鎌倉ノ右大将ハ

其折シモ少ヨリフシテ、ネブリ給タリケルニ、夢ノ中ニ老僧来テ

云ク、「貞能ヲバ今ハユルシ給ヘ。我カワラム」ト云ヲ、「汝ハ何人ゾ」ト被尋一ケ

レバ、「是ハ都ノ方、清水ヨリ来テ侍也。彼貞能ハ少クヨリ我ニ志探テ、

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不便ニ存候。我已ニカハリヌルナリ」ト宣ト思テ、打驚キ給ヌ。「疑ナキ

観音ノ御計」ト思給ニ、身毛竪テ、怱ギ此ヲトヾメニ湯井ノハマヘ人

ヲ遣シ給ケル程ニ、浜ヨリ使走付テ、事ノ次第ヲ細ク申ニ、「返々

不思議ノ事也」トテ、貞能死罪ヲユルサレケレバ、宇津宮ガ預テ、

モテナシ大事ニシケリ。彼宇津宮、平家ニ被召籠一タリシヲ、

貞能申請テユルシタリケリ。其恩ヲ不忘一シテ、今カク大

事ニシケリ。恩ヲワスレヌ宇津宮ヲ聞及人、感ゼズト云事ナシ。

人ニハヨクアタリヲクべキ事也。件ノ貞能ガ本尊ノ清水ヘ

送リマヒラセタリケルガ、新キ御仏ナレバ、落給ベクモナキニ、

俄ニ御グシノ落タリケルヲ、不思議哉トテ、能々ナヲシマヒラス

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ルニ、又ヤガテ二度マデ落サセ給タリケレドモ、寺僧モ何ト

モ思ヒワカズ。其夜彼僧ノ夢ニ有僧来テ、「我頸ノ落ヲバ何トカ

思フ。貞能ガ頸ヲ切ラルヽニ代テキラレツル」ト云トミテ夢

覚テ、人／＼ニ語リケリ。実ニ観音経ニ、「力尋段々懐」ト云ル文、此

事ニヤト思合ラレケリ。後ニ聞ヘケルハ、ヤガテ此貞能ガキ

ラレケル同日同時ニ、御グシモ落サセオハシマシケリ。御頸ニ

刀目二所オハシケリ。今ニ其アトハ御ストゾ承ル。返々不思議ノ

事也。此ノミナラズ、現仏ニテ御座ケレバ、利生カブル人モ多シ。

清水ニハ現仏アマタ御座ト申ハ、即此御仏其ノ中也。鎌倉ノ

大将此事ヲ聞給テ、観音ヲ深ク信ジ給ケリ。貞能モ仏ノ

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御哀ノ者ナレバトテ、事ニフレテ訪給ケリ。貞能モ召下レシ時ハ

サルべキニハ非ネドモ、本尊モウラメシク思ヒマヒラスル心モ有

シニ、今ハ弥ヨ信心ヲイタス。隠居タリシ時ハ、波ノ立、風ノ吹モオ

ソロシク覚テ、安キ心ナカリシニ、今ハ中／＼心中モヒロ＜”ト覚

ケレバ、「トテモ観音ノ御方便、計リ事マシマシテ、後生ニヲ

キテハ疑アラジ」ト、憑クゾ覚ケル。人／＼申ケルハ、「平家ノ末々ノ

公達ダニモ、謀叛ヲ起シ給テ御大事ニ及ブ。マシテ高雄文学

上人ノ申預給シ六代御前ハ平家ノ嫡々也。祖父小松内大臣殿ハ

世中ノ傾ムズル事ヲ兼テ知給テ、熊野権現ニ申給テ世ヲ

早シ、父三位中将殿ハ軍ノ最中ニ閑ニ物詣シ給テ、身ヲ海底ニ

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投給フ。カヽル人々ノ子孫ナレバ、頭ハ剃トモ心ノ猛キ事ハヨモ失給

ハジ。哀レトク失ハレデ」ト申ケレドモ、二位殿免シ給ハネバ、

不力及一過ケルホドニ、「二位殿モカク云也」ト問給テハ、「文学ガ

生テアラム程ハサテ有ナム」トゾ思給ケル。

卅六〔文学被流罪事付文学死去事隠岐院事〕　文学上人ハ元ヨリ怖キ心シタル者ニテ、「当今ハ御遊ニノミ

御心ヲ入サセ給テ、世ノ御政ヲモ知セ給ハズ。九条殿御籠居之

後ハ卿局ノマヽニテアレバ、人ノ愁歎モ通ラズ。後高倉院ヲバ

其比ハ二宮ト申ケリ。二宮コソ御学問モオコタラセ給ハズ、正

理ヲ先トシテオハシマセ」トテ、位ニ即マヒラセテ、世ノ政行ハ

セマヒラセムト計ケレドモ、鎌倉ノ大将オハセシカギリハ叶ハザリ

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ケリ。此皇芸能二ヲ並ルニ、文章ニ疎ニシテ、弓馬ニ長ジ給ヘリ。

国ノ老父ヒソカニ、文ヲ左ニシ武ヲ右ニスル、帝徳ノ闕タルヲ憂

ル事ハ、彼ノ呉王剣客ヲ好シカバ、天下キズヲ蒙者多シ。楚王

細腰ヲ好シカバ、宮中ニ飢テ死スル人多リキ。疵ト飢トハ世ノ厭フ

所ナレドモ、上ノ好ニ下ノ随フ故ニ、国々ノアヤフカラム事ヲ悲ムナリ

ケリ。源二位昇進カヽハラズ、大納言右大将マデ成給ニケリ。右

大将オハセシ程ハ、計行ハセマヒラセムト思ケレドモ、叶ハザリケル。

正治元年正月十三日、右大将頼朝隠レ給テ後、此事ヲ尚ハカリ

ケルガ、世ニ聞へテ、文学忽ニ院勘ヲ豪テ、二月六日、二条猪熊ノ

宿所ニ検非違使余タツキテ、召取テ佐渡国ヘゾ被流ケル。鎌

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倉ヨリ左衛門督殿頻ニ取申サセ給ケレバ、即被召返一ニケリ。

高雄ニ安堵セサセラレケルニ、高雄ノ庄二所被召一夕リケルヲ、「帰

シ付ラレテ安堵セム」ト申ケレバ、「今年計ハ当給人ニ知セテ、明年

ヨリ付ムズルゾ」ト仰ケレバ、「コハイカニ、頼朝ノ世ニ付ラレタル庄ヲ、文学ヲ

被召返一程ニテハ、一所モ返サルマジキ様ヤハ有。彼庄返付ラレヌ程ナ

ラバ、文学ハ安堵スマジキ物ヲ」ト云。当今ハ御及杖ヲ好マセ給ヒケレバ、

文学「及杖冠者」トゾ申ケル。公家ヨリ鎌倉ヘ此由仰ケレバ、「サヤ

ウニ公家ノ御為ニ悪ク候ハムズル者ヲバ力及候ハズ。トモカクモ御計」

ト離タレケレバ、此度ハ隠岐国ヘゾ遣シケル。「安カラヌ事哉。此及杖

冠者ニカクセラルヽ事ヨ。目アラム者ハタシカニミヨ、耳アラム者ハ

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タシカニキケ。我ニカヤウニカラキ目ミスレバ、只今ニ我前ヘ迎取ムズ

ルゾ」ト、ハガミヲシテゾ申ケル。カクテ幾程モナクテ死ケル時、弟

子ノ二人有ケルニ、「我首ヲバ都ヘモテ上テ高雄ニヲケヨ。都見エム

高カラン所ニヲケ。都ヲ守テ傾ム」トゾ遺言ケル。サレバヒソカニモテ

上テ、高雄ニ墓ヲバシテケリ。其後十一年ト申ケルニ、トガノ尾ノ

明恵上人ノ許ニ文学房出来ル。日中ノ行シテオハシケル御後許ニ

来テ、「御房ハ渡セ給候カ」。「誰ソ」ト宣ヘバ、「文学也」ト答フ。「御房ハ死給

タルト聞ニ」ト宣ケレバ、「死ハ死テ候ヘドモ、申ベキ事候テ、参テ

候。コノ及杖冠者ニツラウ当レテ候アヒダ、当リ返サムト存候ガ、此

十一年之間、仏神ノ御ユルシノ候ハネバ、力及バデ候ツルガ、余ニ申

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候ヘバ、ヤウ＜御ユルシノ候際、謀叛ヲ発サムトシツルニ、廻文ヲ出ムトシ

候ガ、紙ノ候ハヌ。紙ヤ候。タバセ給へ」。「紙モナキ物ヲヤ」ト宣ケレバ、「アヽ

紙ハ候ゾ。只タビ候ヘ」ト申テ失ニケリ。御弟子達ヲ召テ、「カヽル事

コソ有ツレ。御房達ガ許ニ紙ヤアル」。「一日ノ御布施ノ紙ノ百帖候シ。五十帖ハ

メサレ候ヌ。今五十帖候」ト申ケレバ、「サテハソレヲミテゾ云ラン」トテ、

彼ガ墓ニテゾ焼上ケル。其後四五日ア（ッ）テ、又日中ノ行シテオハシケ

ル後計ニ来テ、「御房ハ渡セ給候カ」。「誰ソ」ト宣ヘバ、「文学候」トテ、「一日紙給ハ

リ候テ、廻文出テ、謀叛ヲ発シテ滅ムトシ候ニ、公家ヨリ定テ、『公家安

隠、関東損亡ノ行セヨ』ト、仰候ハムズラム。相構テサヤウノ行バシセサセ

給候ナ。『関東安穏、公家損亡』ト祈ラセ給候ヘ。サ候ハズ（ハ）御房ノ障礙神」ト

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申テ失ニケリ。隠岐院ノ御謀反ハ文学ガ霊トゾ聞ヘシ。

卅七〔六代御前被誅給事〕　其後六代御前ハ打絶ヘ高雄ニモオワセズ、山々寺々修行シテ、父ノ後生

菩提ヲ訪給ケルガ、文学被流罪一タルヨシ伝聞給テ、高雄ヘ帰給タリケル

ヲ、安藤右衛門大夫資兼ニ仰テ、同年二月五日、二条猪熊ノ文学聖人ノ

宿所ニ押寄テ、六代御前ヲ召取テ関東ヘ下シ奉ル。駿河国住人岡部三

郎大夫好康承テ、千本ノ松原ニテ伐ラレケリ。十二歳ニテ北条四郎時

政ノ手ニカヽリテ、駿河国千本ノ松原ニテキラレ給ベカリシ人ノ、今年

廿六マデ命生給テ、終千本ノ松原ニテキラレ給ヌルモ、先世ノ宿報ト覚

テアハレナリ。此ヨリ平家ノ子孫ハ絶ハテ給ニケリ。

卅八〔法皇崩御之事〕　建久三年三月十三日、法皇遂ニ崩御。々年六十六。後年高運ノ

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君也。御賀、御逆修、高野詣、御登山、勝地名所ノ叡覧ヲキハメ、験仏

霊社ノ臨幸ヲ尽シ、四明ニハ大乗戒ヲ受、三井ニハ密教ヲ習ヒ、東大寺

ニハ聖武創草ノ跡ヲトメテ、金銅ノ霊像御手ヲ下ニ開眼シ給。

叡心ニ背シ青葉ハ風ノ前ニチリハテ、朝章ヲ乱シ白波ハウタカタト

消シカド、分段ノ秋ノ霧、玉躰ヲヲカシテ、無常ノ春ノ風、花ノ姿ヲサソ

ヒキ。往生極楽ハ朝夕ノ御ノゾミナリケレバ、臨終正念ミダレズ、瑜伽振

鈴ノ響ハ某夜ヲカギリ、一乗暗誦ノ御声ハ其暁ニ終リキ。普天カキクラシ、

卒土露シゲシ。草木愁タル色アリ。況ヤ覇陵ノ松ニヲイテヲヤ。鳥雀

哀ベル音アリ。況ヤ洞庭ノ鶴ニヲヒテヲヤ。大宮人ハ桜色ニソメシ袂ヲヲシ

ナべテ、卯花ヲ松ニサキカヽルフヂノ衣ニタチカヘテ、慈悲ノメグミ一天ノ下ヲハグ

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クミ、平等ノ仁、四海ノ外ニ流シキ。

卅九〔右大将頼朝果報目出事〕　抑征夷将軍前右大将、惣テ目出カリケル人也。西海ノ白波ヲ平ゲ、

奥州ノ緑林ヲナビカシテ後、錦ノ袴ヲキテ入洛シ、羽林大将軍ニ任ジ、

拝賀ノ儀式、希代ノ壮観也キ。仏法ヲ興シ王法ヲ継ギ、一族ノ奢レル

ヲシヅメ、万民ノ愁ヲ宥メ、不忠ノ者ヲ退ケ、奉公ノ者ヲ賞シ、敢テ親

疎ヲワカズ、全ク遠近ヲヘダテズ。ユヽシカリシ事共也。此大将十二ニテ母ニヲ

クレ、十三ニテ父ニハナレテ、伊豆国蛭ガ嶋ヘ被流給シ時ハ、カクイミジ

ク果報目出カルべキ人トハ誰カハ思ヒシ。我身ニモ思知給ベカラズ。人ノ

報ハ兼テ善悪ヲ定ムベキ専有マジキ事ニヤ。何事ノオハセム

ゾト思給テコソ、清盛公モユルシ置奉リ、池尼御前モイカニ糸惜ク

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思奉給トモ、我子孫ニハヨモ思カヘ給ハジ。「人ヲバ思侮ルマジキ物也」

トゾ、時人申沙汰シケル。

平家物語第六末

　　（花押）

平家物語

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