『源平闘諍録』 更新日 2007.06.06.水
凡 例
底本:源平闘諍録 : 坂東で生まれた平家物語 上・下 福田豊彦、服部幸造全注釈 講談社1999.9. 講談社学術文庫
1 本書は内閣文庫蔵『源平闘諍録』(五冊、一之上・一之下・五・八之上・八之下)による。
[本文]
1 原本には各冊の冒頭に「目録」があるので、それぞれの巻頭につけた。
2 原本は真字本であるが、これを訓読文とした。訓読に際しては、原本の送り仮名・振り仮名・ヲコと点に従うことを原則としたが、時にそれらには従わず、他の『平家物語』諸本を参考にして定めた。
3 適宜振り仮名を附したが、原本の振り仮名は片仮名で残した。
4 漢字は、原則として「常用漢字表」にある字体に従った。異体字はおおむね通行の字体に直したが、一部に異体字、旧字を残した。
5 原本には多くの誤字・脱字がある。それらのいくつかには、正しいと思われる字や脱字が書き込まれている。本書では適宜それらを採用し、また校注者の判断によって、他の諸本を参照しながら、訂正したり、補ったりしたが、それらのすべてについて一々注記していない。校注者が補った場合は〔 〕に入れて示した。
6 当て字と判断されるものは、正しい文字に直し、元の字を ( ) に入れて示したが、一部に原本の文字を残した (僉儀・僉義など)。
7 右記5・6とかかわって、「大−太、小−少、被−任、彼−被、基−墓、息−恩、陳−陣、郡−群、墨−黒、幡−播、弟−第、牧−枚、任−仕、點−黙」などは、意味に従って正しい文字に直した。
8 「御」は、時に「たまふ」と読んだ方がよいと思われるものもあるが、本書では「おはす」「おはします」と読んだ。
9 和歌は、多く漢字による音仮名で表記されている。それらの中には歴史的仮名遣いに合わないものがあるので、原本の漢字表記を残し、その読みを歴史的仮名遣いで記した。
10 原本の割注は 〈 〉 に入れて示した。
11 本書の訓読には次の研究の成果に負うところが多くある。
山下宏明『源平闘諍録と研究』 (未刊国文資料刊行会)
早川厚一・弓削繁・山下宏明『内閣文庫蔵 源平闘諍録』(和泉書院)
P1017
源平闘諍録(上)
P1019
源平闘諍録 一之上
P1020
〔目 録〕
源平闘諍録 一之上
一 桓武天皇より平家の一胤の事
二 備前守忠盛昇殿の事〈 天承元年三月十三日 〉
三 忠盛死去の後、清盛其の跡を継ぎて栄ゆる事〈 仁平二年 保元年〈 丙子 〉七月 〉
四 内と院と御中不和の事〈 永暦・応保の比 〉
五 二条院、先朝の后の宮を恋ひ御(おはしま)す事〈 前朝の内 〉
六 二条院崩御の事〈 永万元年八月 〉
七 延暦・興福寺、額打論の事〈 前に同じ 〉
八 高倉天皇御即位の事〈 仁安三年三月廿日 〉
九 右兵衛佐頼朝、伊東の三女に嫁する事〈 仁安三年三月 〉
十 頼朝の子息、千鶴御前失なはるる事〈 同じく十一月下旬十四日 〉
十一 頼朝、北条の嫡女に嫁する事〈 同じく十一月下旬の比 〉
十二 藤九郎盛長夢物語〈 同じく十二月二日 〉
十三 太政入道清盛、悪行始めの事〈 同じく二年十六日 〉
十四 太政入道の第二の御娘、入内有る事〈 承安元年十二月十四日 〉
十五 新大納言成親、大将所望の為、様〔々〕の祈祷の事〈 同じ比 〉
十六 成親・俊寛、平家追討の僉議の事〈 同じ比 〉
十七 日代師高、白山の大衆と争ひを起こす事〈 安元二年十二月十九日 〉
十八 山門の大衆、神〔輿〕を捧げて下洛する事〈 治承元〔年〕四月十三日 〉付けたり 頼政、変化の物を射る事
十九 平大納言時忠、清撰に預かる事〈 同じく十四日 〉
廿 加賀守師高、尾張国へ流さるる事〈 同じく廿日 〉
廿一禁中・洛中炎上の事〈 同じく廿八日 〉
P1022
一 桓武天皇より平家の一胤の事
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。沙羅雙樹の花の色は、盛者必衰の理を顕せり。驕れる人も久しからず、只春の夜の夢の如し。武き者も遂には〓(ほろ)びぬ、偏に風の前の塵に同じ。遠く異朝を訪へば、秦の趙高・漢の王莽・梁の周異・唐の禄山、此れ等は皆旧主先皇の政にも随はず、楽しみを極め、諌を容れず、天下の乱れをも覚らず、民間の愁ふる所をも知らざりしかば、久しからずして失せにし者なり。近くは本朝を尋ぬれば、承平の将門・天慶の純友・康和の義親・平治の信頼、驕れる心も武き事も取々にこそ有りしかども、親くは入道太政大臣平の清盛と申しける人の有様を伝へ聞くこそ、心も言も及ばれね。
P1025
其(そ)の先祖(せんぞ)を尋(たづ)ぬれば、桓武天〔皇〕(くわんむてんわう)第五(だいご)の皇子(わうじ)、一品式部卿(いつぽんしきぶきやう)葛原(かづらはら)の親王(しんわう)九代(くだい)の後胤(こういん)、讃岐守(さぬきのかみ)正盛(まさもり)の孫(まご)、刑部卿(ぎやうぶきやう)忠盛(ただもりの)朝臣(あそん)の嫡男(ちやくなん)なり。彼(か)の親王(しんわう)の御子(みこ)高見(たかみ)の王(わう)は、無官(むくわん)無位(むゐ)にて失せ給(たま)ひぬ。其(そ)の御子(みこ)に高望(たかもち)の王(わう)の時(とき)、淳和天皇の御宇、天長年中の比、忽(たちま)ちに王氏(わうし)を出(い)でて人臣(じんしん)に烈(つらな)り、始(はじめ)て平(たひら)の朝臣の姓(しやう)を賜(たま)はり、上総介(かづさのすけ)に任ず。
P1027
彼の高望に十二人の子有り。嫡男国香常陸大掾、将門が為に誅せらる。次男良望鎮守府の将軍(しやうぐん)、是(こ)れ将門が父なり。三男良兼上総介、将門と度々合戦を企て、終に討たれ了(をはん)んぬ。四男以下は子無くして、子孫を継がず。第十二の末子良文村岡の五郎、将門が為には伯父為りといへども、養子と成り、其の芸威を伝ふ。将門は八箇国を随へ、弥凶悪の心を構へ、神慮にも憚らず、帝威にも恐れず、壇に仏物を侵し、飽くまで王財を奪ひしが故に、妙見大菩薩、将門が家を出でて、良文が許へ渡りたまふ。此れに因つて良文、鎌倉の村岡に居住す。五箇国を領じて、子孫繁昌す。
P1029
彼の良文に四人の子有り。嫡男忠輔(ただすけ)、父に先立ちて死去し了(をはん)ぬ。二男忠頼村岡の三郎、奥州介と号す。武蔵国の押領使と為て、上総・下総・武蔵の三け国を領す。下総の秩父(ちちぶ)の先祖なり。三男忠光駿河守(するがのかみ)をば権中将(ごんのちゆうじやう)と云ふ。将門の乱に依つて常陸国信太の嶋へ配流せらる。仍(よつ)て常陸の中将(ちゆうじやう)と云ふ。赦免の後は、船に乗つて三浦へ著き、青雲介の娘に嫁し、三浦郡(みうらのこほり)・安房国を押領す。三浦の先祖是(こ)れなり。四男忠道村岡の平大夫、村岡を屋敷と為て、鎌倉・大庭・田村等を領知す。鎌倉の先祖是(こ)れなり。
P1031
又彼の忠頼に三人の子有り。嫡男忠常、上総国上野の郷に居住せしかど、後には下総国千葉の庄に移つて、下総権介(ごんのすけ)と号し、両国を領す。其の時、妙見大菩薩は長嫡に属き、千葉の庄へ渡りたまふ。其の子に常将(つねまさ)、武蔵の押領使と為る。其の子に常長千葉介大夫、十二年の合戦の時、官兵に駈られ、八幡殿(はちまんどの)の御共に有りしが、海道の大手の大将軍(たいしやうぐん)為り。其の子に常兼千葉の次郎大夫、舎弟常房鴨根(かもね)の三郎、千田(ちだ)の先祖是(こ)れなり。同じく常晴(つねはる)相馬(さうま)の小五郎、上総の先祖なり。其の子に常澄(つねずみ)上総大介(おほすけ)。其の子に
広常権介(ごんのすけ)、頼朝の命に依つて、梶原の平三景時が為に課さる。(奥州御下向の時、広常、深雪成る事を痛く陳じ、引き破りて〓国す。故に広常を御退治す。余りに一二(つまびらか)なり。其の未常胤(つねたね)奥州御在陣の故に、千葉の御一族、奥州に多く御座(おはしま)す儀なり。上総国守護職、其の年以来なり。)常兼が次男常重大権介(ごんのすけ)。舎弟常康白井の六郎。同じく舎弟匝瑳(さふさ)の八郎常綱。其の子に常胤(つねたね)千葉大介(おほすけ)、鎌倉殿の左の一の座を給はる。彼の常胤(つねたね)の舎弟胤光椎名(しひな)の五郎、椎名(しひな)の先祖是(こ)れなり。
P1035
忠頼が次男忠尊、山中の悪禅師と号す。大力の角打ちなり。其の子に常遠笠間の押領使、景将が為に誅さる。其の子に常宗中村の太郎。其の子に宗平中村の庄司。其の子に実平土肥の次郎、土肥の先祖是(こ)れなり。其の舎弟遠宗土屋の三郎、土屋の先祖是(こ)れなり。
P1037
彼の忠頼が三男将常武蔵権守、秩父(ちちぶ)の先祖是(こ)れなり。其の子に武基秩父(ちちぶ)の別当大夫。其の子に武綱秩父(ちちぶ)の十郎。其の子に重綱権守、秩父(ちちぶ)の冠者(くわんじや)と云ひて、十二年の合戦の時、先陣の大将軍(たいしやうぐん)為り。其の子に重弘太郎大夫。其の子に重義畠山の庄司。同じく舎弟小山田の別当有重。重義が子に重忠(しげただ)畠山の次郎、鎌倉殿の先陣の大将軍(たいしやうぐん)是(こ)れなり。
P1038
忠光村岡の四郎は三浦の先祖たり。其の子に為名三浦の平大夫。其の子に為次三浦の平太郎、十二年の合戦の時の高兵七人の其の一なり。其の子に義次六郎庄司。其の子に義明三浦の大介(おほすけ)、重忠(しげただ)が為に討たれ畢(をは)んぬ。其の子に義宗椙本(すぎもと)の太郎。次男義澄別当介。其の子に義村駿河守(するがのかみ)。
P1039
忠道平大夫〈 鎌倉の先祖なり。 〉其の子に景道鎌倉の権大夫。其の子に景村鎌倉の太郎。舎弟景将権五郎(ごんごらう)、貞任(さだたふ)を迫めし時の高兵七人の内、後陣の大将軍(たいしやうぐん)為り。其の子に景長〈 実には景村が子なり。 〉、其の子に景時梶原の平三、羽林(うりん)頼朝には後陣の大将軍(たいしやうぐん)為り。
又国香、其の子に貞盛平将軍(へいしやうぐん)、嫡々の末、多気大掾を始めと為て、吉田・鹿嶋・東条・小栗・真壁、此の七人は鹿嶋の神事の使ひなり。伊豆の北条の先祖は平将軍(へいしやうぐん)。其の子に維衡常陸守。其の子に維度(これのり)越前守。其の子に維盛筑後守。其の子に、貞盛・維衡・正度・正衡・正盛・忠盛、盛基美濃守。其の子に貞時兵衛大夫。其の子に時家、北条介の娘に嫁して、時色の四郎大夫を設けたり。其の子に時政北条の四郎、遠江守と号す。右大将頼朝の舅為り。其の子に義時奥州守、右京権大夫と云ふ。彼の義時は都を打ち随へ、日本国を知行す。〈 序分 〉
『源平闘諍録』総ひらがな版
凡例
底本: 内閣文庫蔵『源平闘諍録』(五冊、一之上・一之下・五・八之上・八之下)
『源平闘諍録 : 坂東で生まれた平家物語』上、下 福田豊彦、服部幸造 全注釈 講談社 (講談社学術文庫1397,1398)の訓読文に基づき制作しました。振り仮名のない箇所は、独自に読みました。
原本の割注は 〈 〉 に入れて示しました。
参考のため、ページ数を記しました。
P1285
げんぺいとうじやうろく いちのげ
P1286
〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく いちのげ
一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと
九 ゆきつなちゆうげんのこと
十 しやうこくむほんをそうすること ならびにしんだいなごんめしとらるること
十一 さいくわうほふし、めしとらるること
十二 しげもりきやう、ちちしやうこくをいさめらるること
十三 ほふわうをながしたてまつらんとほつするあひだ、かさねてちちをいさめたてまつること
十四 しげもり、ひやうしやをめさるること ならびにほうじのきさきのひゆ
十五 なりちかきやうのらうどう、しゆくしよへかへること ならびにせうしやうとらはるること
十六 かどわきどの、なりつねをこひうけらるること
十七 なりちかきやうながさるること
十八 なりちか・やすより・しゆんくわん、きかいがしまへながさるること やすより、しまにおいてせんぼんのそとばをつくること
十九 さぬきのゐんついがうのこと
二十 うぢのあくさふ、ぞうくわんのこと 〈 いちのまつ もくろくをはり 〉
P1288
一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
あんげんさんねんごぐわついつか、てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらる。くらんどをつかはして、ごほんぞんをめしかへす。やがて、しんよをふりたてまつるだいしゆのちやうぼんをめさるべしとうんぬん。「かがのくににざすのごばうあり、もろたかちやうはいのあひだ、そのしゆくいにより、もんとのだいしゆをかたらひてそしようをいたされければ、すでにてうかのおんだいじにおよばんとす」と、さいくわうほふしふしともにざんそうせしむるゆゑに、ほふわうおほきにげきりんあつて、ことにざすをぢゆうくわにおこなはるべきよし、おぼしめされけり。
P1291
二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
おなじきなぬか、みや、てんだいざすにならせたまふ。かくくわいほつしんわうこれなり。とばのゐんのだいしちのわうじ、こしやうれんゐんのだいそうじやうぎやうげんのおんでしなり。ごじふろくだいのざすにあひあたりたまふ。でんきやうだいしのきもんにいはく、「わうじ、てんだいざすになりたまはば、まつせとおもふべし」と。「よすでにすゑにのぞめり」とまうしあへり。
P1294
三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
おなじきひ、めいうんそうじやうをざいくわにしよすべきせんじのじやうにいはく、
さきのえんりやくじのざすそうじやうめいうん、でうでうをかさるること
一 だいそうじやうくわいしうたうざんざすたるあひだ、あくそうらをあひかたらひ、さんもんをおひはらはしむること
一 さんぬるかおうぐわんねん、みののくにひらのしやうみんらにつきそしやうをかまへ、たうざんのあくとをはつしてきゆうじやうへらんにふし、らうぜきをいたさしむること
一 きんじつのだいしゆほうき、ことのしだいは、かのかおうのらうぜきにちようかせり。まづ〔いつ〕たんのいしゆをもつてさんたふのきようとをもよほし、そとにはせいしのことばをかまへ、うちにはさうどうのくはだてをなす。てうしやうをべつじし、ぶつぽふをほろぼさむとす。あるいはきようとをもつてぢんちゆうにらんにふし、すかしよにひをはなし、あるいはけいごのともがらにむかひかつせんし、またひやうぐをたいしてげらくすべきよししつそうせしむ。まことにこれてうかのをんでき、ひとへにえいざんのあくまたるものか。
みやうほふはかせにおほせくだされ、でうでうのしよはん〔につき〕、めいうんしよたうのざいめいをかんがへまうさしむべし。
あんげんさんねん ごぐわつじふいちにち
くらんどのとううこんゑのちゆうじやうふぢはらのあそんみつよしうけたまはる
P1300
四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
おなじきじふににち、さきのざすめいうんそうじやう〈 あきみちのだいなごんのおんこなり。 〉、しよしよくをとめられ、けんびゐしににんをつけてすいくわのせめにおよばしむ。あまつさへじふごにち、しざいいつとうをげんじてをんるせらるべしと、ほつけにかんがへまうさしむるよし、そのきこえあり。だいしゆ、またそうじやうをささげててんちやうをおどろかす。そのそうもんのじやうにいはく、
えんりやくじさんぜんのだいしゆ・ほふしら せいくわうせいきようつつしみてまうす
ことに てんおんをかうぶり、はやくさきのざすめいうんのはいる、ならびにしりやうもつくわんをちやうじせられむことをこふしさいのこと
みぎ、ざすはこれほふとうをかかぐるのしき、かいくわうをつたふるのじんなり。もしぢゆうくわにしよしはいるせられば、あにてんだいのゑんしゆうたちまちにほろび、ぼさつのだいかいながくうしなはるるにあらずや。これによつて、わがやまかいびやくののち、くわんじゆさうさうよりこのかた、ひやくわうのりらんこれことなりといへども、いつさんのあんきときにしたがふといへども、ただききやうのれいのみありてすべてるざいのれいなし。なかんづく、めいうんはこれけんみつのとうりやう、ぢぎやうのけんとくなり。いつさんくゐんのりようち、このときにきうせきにふくし、しきようさんみつのせうりう、そのぎじやうだいにはぢず。いまたちまちにゑんぱうにおもむき、ながくたうざんをわかれなば、しゆとのひたんなにごとかこれにしかむ。いかにいはむや、さきのざすはてんてうにおいてはまたぼさつかいのくわしやうなり。なんぞさんじのらいきやうをはこばざる。しよちをもつくわんせしめ、さらにぢゆうくわにしよせらるる、むしろたいぎやくざいにあらずや。つつしみていいきを〔たづね〕、ならびにきうれいをとぶらふに、いまだきかず、いつてうのこくしゆゑなくしてぎやくがいをかうぶることを。
そもそもはいるのくわたいこれなにごとぞや。りよかうのせつのごとくんば、あるいはひとのざんげんに、どどのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなり、あるいはくわいしうそうじやうをついきやくし、あるいはなりちかきやうをうつたへまうす、またたうじもろたかのこととうはひとへにこれめいうんがけつこうなり。てへればこのざんたつによつてたちまちにちよくかんをかうぶるとうんぬん。もしふうぶんのごとくんば、なんぞふげんをもちゐむ。すべからくかれこれをたいけつして、しんぎをきうめいせらるべきなり。くだんのことにいたりては、だいしゆうつぷんしまんざんししようをいたすのきざみ、さきのざすにおいてはまいどこれをきんせいしき。けだしさんもんのどうようをくわんじゆとしてこれをいたむがゆゑなり。たいけつのところ、そのかくれなきか。たとひふりよのをつどありといへども、なんぞぢゆうくわにおよばむや。しゆとらつつしみててんちやうをおどろかし、まつじのぐそうをすくはむとするところに、そのちやうぼんをめされ、なぎきをなすのあひだ、つひにほんざんのかうそうをうしなふでう、ふりよのうれひ、たとへをとるにものなし。それしやうちやくをかうぶらずしてえんばうをさんずることなかれ。これつねのれいなり。いまてんさいをいただくといへども、かへつてげんばつをかうぶる。いまだいをえず。
そもそもわがきみだいじやうほふわうは、ひとへにいわうさんわうのめいとくをあふぎ、ひさしくたいごくのさんぽうにきし、もつぱらさんしゆうさんがくのぜんりよをあはれみ、かたじけなくもこうりゆうのえいりよをぬきんでたまふ。しかるにいま、じんおんたちまちにへんじ、ちゆうりくにはかにきたる。すひやくさいのぶつにちここにくれ、すでにしんじんのしよぎやうにまよひぬ。さんぜんにんのきようくわしねんして、ぐしんのおくところをしらず。もしめいうんはいるせられば、しゆとたれかあとをとどめむ。ちんごこくかのだうじやう、がんぜんにまめつせむとす。
はやくめいうんはいるをなだめ、しりやうもつくわんをちやうじせられば、じふにぐわんわうあらたにぎよくたいをごぢし、さんぜんのしゆといよいよほうさんをいのりたてまつらむ。せいくわうせいきようつつしみてまうす。
あんげんさんねん ごぐわつじふろくにち
えんりやくじさんぜんのだいしゆほふしら
P1304
そもそも、このじやうをたれにつきてそうもんすべきかのよし、せんぎせしむるほどに、ふくはらのにふだうだいしやうこくにまうすべしと、さだめをはんぬ。これによつてじふしちにち、またそうもんのじやうにわたくしのじやうをそへておくらしむ。そのじやうにいはく、
えんりやくじのしゆとらつつしみてまうす
はやく、さきのざす、さしたるゆゑなくはいるせられ、ならびにもんぜきさうでんのしりやうをいはれなくちやうじせられしを、とりまうされむことをほつするしさいのじやう
みぎ、てんだいのゑんしゆうをほんてうにひろめ、ぼさつのだいかいをたうざんにおこししよりこのかた、いつてんしかいみなざすのほふたうをつたへ、ごきしちだうことごとくくわしやうのひかりをうく。これによつてけんわう・せいしゆただきえのぎのみあつて、わうこきんだいまつたくはいるのれいなし。しかるにさしたるくわたいなく、たちまちにるざいをかうぶる。あにゑんしゆうのまめつ、さんもんのもつばうにあらずや。
はいるのざいくわ、そもそもなにごとぞや。ふうぶんのごとくんば、あるいはざんげんに、たびたびのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなりと。いはゆる、くわいしうそうじやうをついきやくし、なりちかきやうならびにもろたかをそしようまうすことこれなり。かのざんたつによつてこのぢゆうくわをかうぶるとうんぬん。これごんごだうだんのことなり。だいしゆのほうきはまつたくくわんじゆのしんたいにあらず。かのくわいしうそうじやう、しゆがくしやをせつがいせしによつて、さんもんをついきやくす。またなりちかきやう・もろたかあそんら、ざすなんのいこんあつてかおんしんをむすぶべきや。これによつてまいどのそしよう、くわんじゆかたくきんせいをくはふ。ちよくせんをおそるるがゆゑなり。しかるにだいしゆ、さんもんをおもひ、あへてせいほふにかかはらず。えいがくのさほふむかしよりかくのごとし。なんぞしゆとのうつたへをもつて、かへつてざすのつみにしよせむや。もしなほみしんあらば、たいけつせられむにそのかくれなきか。
ふしてことのこころをあんずるに、たうざんはこれちんごこくかのだうぢやうとして、せいてうあんをんのごぐわんをしゆす。これによつてところどころのそしよう、ひとびとのしうしよ、ゐをしんよにかり、いきどほりをてんちやうにたつす。そのなかに、あるいはこころよくてんさいをいただきてきさんし、あるいはせいだんをかうぶらずしてなみだにむせびもつてたいしゆつす。ここんつねのれいなり。それよりこのかたひさし。いまだあやまりをきかず。だいしゆのそしようによつてくわんじゆのるざいにおこなはるる。いはむやさきのざすはけんみつのほふしやう、ちぎやうのけんとくなり。このゆゑに、かうろんのむしろにはしようぎのものとしてげんぢゆうのごぐわんをたすけ、ゆがのだんにはあじやりとして、せいてうのあんをんをいのりたてまつる。しかのみならずめいうんはいやしくもほうけつにしかうし、ひさしくりようがんをおうごす。せいしゆこれにしたがひていちじようきやうをうけたまひ、せんゐんこれにつきてぼさつかいをつたへたまふ。すなはちこれいつてうのこくし、ほふわうのくわしやうなり。なんぞひとのざんたつをもつてたちまちにげんばつをかうぶらむや。またかのしりやうはこれしよううんくわしやうよりこのかた、もんぜきさうぞくしてちぎやうするところなり。じかくだいしのもんとそのかずありといへども、えだはのはんじやうはもつぱらなしもとにあり。しかるにこれをちやうじせしめてたにんにつくれば、むしろだいしのいりゆうのみだれにあらずや。くわしやうのいちもんたちまちにうしなはむや。たとひたしよくをとどむといへども、しりやうをぼつしゆうするにおよぶべからず。
そもそもぜんぢやうだいしやうこくはすでにいつてうのかためたり。またこればんにんのまなこなり。てんがのみだれ、さんじやうのうれひ、なんぞそのせいばいなからむ。なかんづくさきのざすはこれだいしやうこくのぼさつかいのくわしやうなり。このことにおいてはいかでかかんこをならされざらむや。
もしこのいきどほりをさんぜずして、だいかいのくわしやうをげんぞくせしめ、なほるざいせられば、すなはちわがやまのぶつぽふはめつのときいたるなり。もんえふいづれのものかそうとのぎあらむ。さんぜんのがくりよたれかしんみやうををしまむ。よつてだいかうだうのまへにおいてまんざんのぶつじん・がらんのごほふをおどろかしたてまつり、なくなくきしやうしていはく、しゆとのうつぷんさんぜずしてかたくるざいせられば、だいしゆみなかれにしたがひておなじくはいるのつみをかうぶり、まんざんのがくりよいちにんもとどまるべからずとうんぬん。
たうざんのそんばうただこのせいばいにあり。よろしくこのおもむきをさつし、とりまうさるべくは、さんぜんにんのるいせんたちまちにかはき、すひやくさいのほふとうふたたびにぐるものか。よつてしゆとのせんぎのじやう、くだんのごとし。
あんげんさんねん ごぐわつじふしちにち
とこれをかき、しよしらをもつてふくはらへつかはす。そのうへ、だいしゆなほさんらくすべきよし、ふうぶんありければ、だいりならびにゐんのごしよほふぢゆうじどのにぐんびやうらをめされけるあひだ、きやうぢゆうなにとなくさわぎあへり。
P1312
五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
おなじきはつか、さきのざすざいくわのことをせんぎせられんがために、だいじやうだいじん・さうのだいじんいげ、くぎやうじふさんにんさんだいせしむ。ぢんのざにれつしておのおのさだめまうされけり。そのなかにだいじやうだいじんもろなが・うゑもんのかみふぢはらのあそんただちか・さだいべんのさいしやうながかたあそんら、ほつけのかんもんにまかせてさだめまうされけるは、「はやくしざいいつとうをげんじてをんるせらるべきでう、かのめいうんだいそうじやうはけんがくけんみつ、じやうぎやうぢりつのうへ、いちじようめうきやうをもつてくげにさづけたてまつり、ぼさつかいをもつてほふわう〈 ごしらかはこれなり。 〉にさづけたてまつる。しかるにたちまちにげんぞくせしめてるけいにしよするでう、すこぶるいうよにおよぶべきぎか。よろしくちよくぢやうあるべし」と、はばかるところなくまうされければ、たうざのしよきやう、ことごとくながかたきやうのぎにつき、どうじまうされけれども、ほふわうのおんいきどほりふかかりければ、つひにるざいにさだめられにけり。
だいじやうにふだうもこのことをまうしなだめんがために、さんもんのそうじやうならびにわたくしのしよじやうをたいしてゐんざんせられけれども、おんかぜけのよしおほせあつて、ごぜんにもめされざるあひだ、にふだういきどほりふかくしてまかりいでられけり。
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六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
にじふいちにち、さきのざすめいうんそうじやうをげんぞくせしめて、だいなごんのだいぶふぢゐのまつえだといふぞくみやうをつけて、いづのくににながさるべきにさだまりぬ。そのとき、きやうわらんべ、うたによみてわらひけるは、
まつがえはみなさかもぎにこりはててやまにはざすにするものもなしW
と。ひとびとかたぶきまうしけれども、さいくわうほふしがざんそうによつて、つひにるざいにさだめられけり。
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こんやみやこをいだしたてまつれと、ゐんぜんきびしくて、かさねておつたてのけんびゐし、しらかはのごばうにまゐりてまうしければ、あはたぐちのほとり、いつさいきやうのべつしよをいでさせたまひぬ。しゆとこれをきき、さいくわうふしのみやうじをかいて、こんぼんちゆうだうにたたせたまふこんびらだいじやうのおんあしのしたにふませたてまつり、「じふにじんじやうしちせんやしや、じこくをめぐらさず、かれらににんがいのちをめしとりたまへや」と、じゆそしけるこそおそろしけれ。
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七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
さるほどに、にじふさんにちにおよびて、さきのざすすでにいつさいきやうのべつしよをいでて、はいしよのたびにおもむきたまひけり。しばらくこくぶんじのだうにたちいりてたちやすらひたまふほどに、まんざんのだいしゆのこりとどまるものもなく、うんかのごとくにひがしざかもとよりあはづにいたるまでつづきて、ざすをとどめたてまつらんとぎするあひだ、きびしげなりつるおつたてのくわんにんども、いづちにもいちにんもみえず。
だいしゆこれをとどめたてまつりけれども、ざすはおほきにおそれおぼしめして、おほせられけるは、「ちよくかんのものはじつげつのひかりにだにもあたらずとこそまうしつたへたれ。さればすなはち、じこくをめぐらさずおひくださるべきよし、せんげせらるるうへは、しばしもとうりうすべからず。されども、ただいまえいがくのかげちようざんのくもにかくれぬるこころぼそさに、ひとしれずなみだこぼれてゆくさきもみえず。このだうにしばしたたずむばかりなり。しゆとはやはやかへりのぼるべし」とて、はしちかくたちいでていひけるは、「われ、さんたいくわいもんのいへをいでてしめいいうけいのまどにいりしよりこのかた、ひろくえんじゆうのけうぼふをまなびて、ただわがやまのこうりうをのみおもひ、こくかをいのりたてまつることおろそかならず。またもんとをはぐくむこころざしこれふかし。みにとりてあやまつことなし。りやうじよさんしやうもさだめてしようらんをたれたまふらん。むじつのざんそうによつてをんるのぢゆうくわをかうぶる。これせんぜのしゆくごふにこそとおもへば、よをもひとをもかみをもほとけをも、さらにうらむところなし。おのおのじひのもんをいでてけんなんのみちをしのぎ、これまでとぶらひきたりたまふしゆとのおんはうじこそまうしつくしがたけれ」とて、なみだにむせびたまふ。かうぞめのおんたもともしぼるばかりなり。みたてまつるだいしゆもみなこゑもをしまずさけぶことおびたたし。
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ここにくわいしゆんりふしやとまうすあくそう、さんまいかぶとにさうのこてさし、もえぎいとをどしのはらまきのそでつきたるをきて、おほなぎなたわきにはさみ、だいしゆのなかにすすみいでたり。かのりふしやは、あくそういちだうにひいでたるのみにあらず、くしや・じやうじつのほか、てんだい・しんごんにいたるまでふかくあうぎをきはめ、しいかくわんげんにもまたたつしやたり。さればこのくわいしゆんすすみいでていひけるは、「つらつらことのこころをおもふに、たうざんさうさうよりこのかた、すひやくさいのせいざうをおくり、くわんじゅだいだいさうぞくして、かのひとつのはこのなかにそのなをしるしおかる。あへてじんちのおよぶところにあらず。ひとへにさんわうだいしのおんぱからひなり。かたじけなくもしめいのながれをくみ、さんみつのあうぎにたっするほどのひとの、じっぷをたださず、たちどころにぢゅうくわにおこなはれたまふこと、まつせのならひとはいひながらこころうきしだいにあらずや。かつうはてうかのおんしはんたり、かつうはしよそうのちゃうらうたり。たれひとかなげかざらん、いかなるたぐひかとぶらはざらん。しんめいあはれみをたれ、さんぽういかでかせうらんせざらんや。もしこんどるざいにしづみたまはば、いごまたあしかるべし。せんずるところ、はやくきさんあるべきなり」といひければ、しゆとみななみだをながし、いくどうおんに、「もつとも」とみなどうじけり。
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されどもざす、「こんじゃうのさいかい、こんにちながくへだつといへども、ぼだいのはうきつ、かならずじちほうじゃくくわうのあかつきをごすべし。はやはやかへりのぼりたまへ」とのたまひけり。だいしゅすでにいそぎおんこしをよせ、のせたてまつらんとしければ、「むかしこそさんぜんにんのくわんじゅたりしが、いまはかかるさまとなりたれば、いかでかやんごとなきしゅがくしゃ、ちゑふかきだいとこたちにはにげささげられて、わがやまにはかへりのぼるべき。わらぐつなんどいふものはきて、おなじありさまにてこそゆかめ」とのたまひければ、さいたふのにしだににかいじゃうばうのあじゃりいうけいとて、さんたふにきこえたるあくそうありけり。くろかはをどしのよろひに、おほあらめにくろがねまじりたるを、くさずりながにきなし、さんまいかぶとをゐくびにきなし、おほなぎなたつえにつき、ざすのおんまへにすすみむかひ、かぶとをぬいでたかひもにかけ、はったとにらみたてまつりてまうしけるは、「あれほどのいひがひなきおんこころよわさでわたらせたまへばこそ、いっさんにきづをもつけ、こころうきめにもあはせたまはめ。くわんじゅはさんぜんのしゅとにかはってるざいのせんじをかうぶりたまふに、またさんぜんのしゅとはくわんじゅにかはりたてまつっていのちをうしなひさうらふとも、なんのうれひかあるべき。とうとうおんこしにめされさうらへ」といひければ、ざす、いうけいのきしょくにおそれて、あはてさわぎていそぎおんこしにのりたまひぬ。だいしゅざすをとりえたてまつるこそあやしけれ。
げすほふしばらにはかかせず、いうけいさきのこしをいだく。ごぢんはとうだふのほふし、めうくわうばうのあじゃりせんせい、いだきたてまつる。あはづよりとりのとぶがごとくにとうざんするに、いうけい・せんせいはいちどもかたをかへずかきたりけり。なぎなたのえもこしのながえもくだくばかりにぞみえたりける。さしもけはしきひがしざかをへいちをあゆむがごとし。
だいかうだうのにはにかきすゑたてまつり、めんめんにせんぎせしむ。「むかしこそいっさんのくわんじゅとあふぎたてまつりつれども、いまはちょくかんのせんじをかうぶり、をんるせられたまふひとをとりとどめたてまつること、いかがあるべからん」といふやからもありければ、いうけいすこしもへらず、かたをひらきつかっていひけるは、「わがやまはこれにっぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやうなり。さんわうのごゐくわうさかんにして、ぶっぽふわうぼふごかくなり。しかればすなはち、しゅとのいきどほりなほよざんにすぐれ、いやしきほふしばらまでもよもってこれをかろしめず。いかにいはんや、わがきみはちゑかうきにしてさんぜんにんのくわんじゅたり。とくぎゃうぶさうにしていっさんのくわしゃうなり。つみなくしてもってつみをかうぶりたまふこと、さんじゃう・らくちゅうのみだれ、こうぶく・をんじゃうのあざけりか。かなしきかな、しくわんのまどのまへにはけいせつのつとめすたれ、さんみつのだんじゃうにはごまのけぶりたえなんこと、しゃうじゃうせせまでもこころうかるべし。せんずるところ、いうけい、こんどさんたふのちゃうぼんにしょせられて、かばねをさんやにさらし、かうべをごくもんのきにかけらるるとも、すこしもいたみぞんぜず。こんじゃうのめんぼく、めいどのおもひいで、なにごとかこれにしかん」とて、さうがんよりなみだをながしければ、まんざんのしゆ〔と〕これをきき、おのおのそでをしぼりつつ、「もっとももっとも」とどうじけり。これよりいうけいをばいかめばうとなづけたり。
さてざすをばとうだふのみなみだにめうくわうばうにいれたてまつる。
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〈 さんぢゅう 〉ときのわうざいをばごんげのひとものがれざりけるにや。だいたうのいちぎゃうあじゃりはげんそうくわうていのおんとき、やうきひになをたちて、くわらこくへながされけり。そのゆゑは、いちぎゃう、ちぎゃうぶさうのうへ、ゑしたりけるあひだ、みかどおぼしめすしさいあるによって、やうきひのかたちをゑにかかしむ。ふでをとりはづしてこれをおとす。ははくろのごとくにみえけり。くわうていあやしみおぼしめされておほきにげきりんあり。「いちぎゃう、やうきひになじみちかづくよりほかには、いかでかはだへなるははくろをばしるべき」とて、むじつのざいくわによって、くわらこくへながされけり。かのくわらこくといふは、つきひのひかりをもみずしてゆくところなり。みゃうみゃうとしてはるかなり。しかれどもかみはひほふをもちゐたまはず、てんたうむじつのつみをあはれみたまふゆゑに、くえうのかたちをげんじてこれをてらしまもりたまふあひだ、あへてもってくらきことなし。そのときいちぎゃう、みぎのゆびのはしをくひきつてちをあやし、ひだりのそでにかきうつしたまふ。くえうのまんだらとて、いまにいたるまでよにるふするところこれなり。
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八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと