徒然草 第二百二十六段 2002.05.22.水

 

諸本は、1.嵯峨本系、2.貞徳本系、3.桂宮本系、4.正徹本系、の四系統に分けられます。

\は、文節区切りです。

 

1.嵯峨本系

烏丸光広奥書本 総ひらがな版

第二百二十六段

\ごとばのゐんの\おんとき、\しなののぜんじゆきなが、\けいこの\ほまれ\ありけるが、\がふの\みろんぎの\ばんに\めされて、\しちとくのまひを\ふたつ\わすれたりければ、\ごとくのくわんじやと\いみやうを\つきにけるを、\こころうき\ことにして、\がくもんを\すてて\とんぜいしたりけるを、\じちんくわしやう、\いちげい\ある\ものをば、\しもべまでも\めしおきて、\ふびんに\せさせ\たまひければ、\この\しなののにふだうを\ふちし\たまひけり。\この\ゆきながにふだう、\へいけのものがたりを\つくりて、\しやうぶつと\いひける\まうもくに\をしへて\かたらせけり。\さて、\さんもんの\ことを\ことに\ゆゝしく\かけり。\くらうはうぐわんの\ことは\くはしく\しりて\かきのせたり。\かばのくわんじやの\ことは\よく\しらざりけるにや、\おほくの\ことどもを\しるしもらせり。\ぶしの\こと、\きうばの\わざは、\しやうぶつ、\とうごくの\ものにて、\ぶしに\とひききて\かかせけり。\かの\しやうぶつが\うまれつきの\こゑを、\いまの\びはほふしは\まなびたるなり。

 

烏丸光広奥書本 原本

第二百二十六段\後鳥羽院の\御時、\信濃前司行長、\稽古の\誉\ありけるが、\楽府の\御論義の\番に\めされて、\七徳の舞を\ふたつ\忘れたりければ、\五徳の冠者と\異名を\つきにけるを、\心うき\事にして、\学問を\すてゝ\遁世したりけるを、\慈鎮和尚、\一芸\ある\者をば、\下部までも\めしをきて、\不便に\せさせ\給ければ、\此\信濃入道を\扶持し\給けり。\此\行長入道、\平家物語を\作りて、\生仏と\いひける\盲目に\教て\かたらせけり。\さて、\山門の\ことを\ことに\ゆゝしく\かけり。\九郎判官の\事は\くはしく\知て\書のせたり。\蒲冠者の\事は\よく\しらざりけるにや、\おほくの\ことゞもを\しるしもらせり。\武士の\事、\弓馬の\業は、\生仏、\東国の\ものにて、\武士に\問聞て\かゝせけり。\彼\生仏が\生れつきの\声を、\今の\琵琶法師は\学びたる也。

 

岩波文庫「新訂徒然草 校注 西尾実・安良岡康作」底本:同上

第二百二十六段\後鳥羽院(ごとばのゐん)の\御時(おんとき)、\信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)、\稽古(けいこ)の\誉(ほまれ)\ありけるが、\楽府(がふ)の\御論議(みろんぎ)の\番(ばん)に\召(め)されて、\七徳(しちとく)の舞(まひ)を\二(ふた)つ\忘(わす)れたりければ、\五徳(ごとく)の冠者(くわんじや)と\異名(いみやう)を\附(つ)きにけるを、\心憂(こころう)き\事(こと)にして、\学問(がくもん)を\捨(す)てて\遁世(とんぜい)したりけるを、\慈鎮和尚(じちんくわしやう)、\一芸(いちげい)\ある\者(もの)をば、\下部(しもべ)までも\召(め)し置(お)きて、\不便(ふびん)に\せさせ\給(たま)ひければ、\この\信濃入道(しなののにふだう)を\扶持(ふち)し\給(たま)ひけり。\この\行長入道(ゆきながにふだう)、\平家物語(へいけのものがたり)を\作(つく)りて、\生仏(しやうぶつ)と\いひける\盲目(まうもく)に\教(をし)へて\語(かた)らせけり。\さて、\山門(さんもん)の\事(こと)を\殊(こと)に\ゆゝしく\書(か)けり。\九郎判官(くらうはうぐわん)の\事(こと)は\委(くは)しく\知(し)りて\書(か)き載(の)せたり。\蒲冠者(かばのくわんじや)の\事(こと)は\よく\知(し)らざりけるにや、\多(おほ)くの\事(こと)どもを\記(しる)し洩(も)らせり。\武士(ぶし)の\事(こと)、\弓馬(きうば)の\業(わざ)は、\生仏(しやうぶつ)、\東国(とうごく)の\者(もの)にて、\武士(ぶし)に\問(と)ひ聞(き)きて\書(か)かせけり。\かの\生仏(しやうぶつ)が\生(うま)れつきの\声(こゑ)を、\今(いま)の\琵琶法師(びはほふし)は\学(まな)びたるなり。

 

講談社文庫「徒然草 校注 川瀬一馬」 底本:慶長初年出版古活字版 

第二百二十六段

\後鳥羽院(のちのとばのゐん)の\御時(おんとき)、\信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)、\稽古(けいこ)の\ほまれ\ありけるが、\楽府(がふ)の\御論義(みろんぎ)の\番(ばん)に\召(め)されて、\七徳舞(しちとくのまひ)を\二(ふた)つ\忘(わす)れたりければ、\五徳(ごとく)の冠者(くわじや)と\異名(いみやう)を\つきにけるを、\心(こころ)うき\ことにして、\学問(がくもん)を\捨(す)てて\遁世(とんせい)したりけるを、\慈鎮和尚(じちんくわしやう)、\一芸(いちげい)\ある\ものをば、\下部(しもべ)までも\〔召(め)し置(お)きて、〕\不便(ふびん)に\せさせ\たまひければ、\この\信濃入道(しなののにふだう)を\扶持(ふち)し\たまひけり。\この\行長入道(ゆきながにふだう)、\平家(へいけ)の物語(ものがたり)を\作(つく)りて、\生仏(しやうぶつ)と\言(い)ひける\盲目(まうもく)に\教(をし)へて\語(かた)らせけり。\さて、\山門(さんもん)の\ことを\ことに\ゆゆしく\書(か)けり。\九郎判官(くらうはうぐわん)の\ことは\詳(くは)しく\知(し)りて\書(か)きのせたり。\蒲(かば)の冠者(くわんじや)の\ことは\よく\知(し)らざりけるにや、\多(おほ)くの\ことども〔を〕\記(し)るし漏(も)らせり。\武士(ぶし)の\こと、\弓馬(きうば)の\業(わざ)は、\生仏(しやうぶつ)、\東国(とうごく)の\者(もの)にて、\武士(ぶし)に\問(と)ひ聞(き)きて\書(か)かせけり。\かの\生仏(しやうぶつ)が\生(むま)れつきの\声(こゑ)を、\今(いま)の\琵琶法師(びはほふし)は\学(まな)びたりけり。

 

2.貞徳本系

万治二年刊本

第二百二十六段

\後鳥羽院の\御時、\信濃前司行長、\稽古の\ほまれ\有けるが、\楽府の\御論義の\番に\めされて、\七徳の舞を\ふたつ\忘れたりければ、\五徳冠者と\異名を\つきにけるを、\心うき\事にして、\学問を\すて\遁世したりけるを、\慈鎮和尚、\一芸\ある\ものをば、\下部までも\めしおきて、\不便に\せさせ\給ければ、\此\信濃の入道を\扶持し\給けり。\此\行長入道、\平家物語を\作て、\生仏と\いひける\盲目に\教て\かたらせけり。\さて、\山門の\事を\ことに\ゆゝしく\かけり。\九郎判官の\事は\委\しりて\書のせたり。\蒲冠者の\事は\よく\しらざりけるにや、\おほくの\事どもを\しるしもらせり。\武士の\事、\弓馬の\わざは、\生仏、\東国の\者にて、\武士に\問ひきゝて\かゝせけり。\彼\生仏が\生つきの\声を、\今の\琵琶法師は\まなびたるなり。

 

3.桂宮本系

伝常縁書写本

第二百二十六段

\後鳥羽院\御時、\信濃前司行長、\稽古の\誉\有けるが、\楽府の\御論義の\番に\めされて、\七徳舞を\二つを\わすれたりければ、\五徳の冠者と\異名を\つきにけるを、\心うき\事にして、\学問を\すてゝ\遁世したりけるを、\慈鎮和尚、\一芸\ある\者をば、\下部までも\めしをきて、\不便に\せさせ\給ければ、\此\信濃入道を\扶持し\給ひけり。\此\行長入道、\平家物語を\つくりて、\生仏と\いひける\盲目に\をしへて\かたらせけり。\扨、\山門の\事を\〔ことに〕\ゆゝしく\かけり。\九郎判官の\ことは\委\しりて\書のせたり。\蒲冠者の\事は\よく\知らざりけるにや、\多の\事ども\しるしもらせり。\武士の\こと、\弓馬の\わざは、\生仏、\東国の\者にて、\武士に\問聞て\かゝせけり。\彼\生仏の\むまれつきの\声を、\今の\びわ法師は\まなびたる也。

 

4.正徹本系

正徹書写本

第二百二十六段

\後鳥羽院\御時、\信濃前司行長、\稽古の\ほまれ\有けるが、\楽府の\御論義の\番に\めされて、\七徳舞を\ふたつを\わすれたりければ、\五徳の冠者と\異名を\つきにけるを、\心うき\ことにして、\学問を\すてゝ\遁世したりけるを、\慈鎮和尚、\一芸\ある\ものをば、\下部までも\めしをきて、\不便に\せさせ\給ければ、\此\信濃入道を\扶持し\給けり。\この\行長入道、\平家物語を\つくりて、\生仏と\いひける\盲目に\おしへて\かたらせけり。\さて、\山門の\ことを\ことに\ゆゝしく\かけり。\九郎判官の\ことは\くはしく\しりて\かきのせたり。\かばの冠者の\方は\よく\しらざりけるにや、\おほくの\ことども\しるしもらせり。\武士の\こと、\弓馬の\わざは、\生仏、\東国の\ものにて、\武士に\とひきゝて\かゝせけり。\かの\生仏が\むまれつきの\こゑを、\いまの\びはほうしは\まなびたるなり。

 

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