とはずがたり 総ひらがな版 更新日 2007.02.14.水

凡例

底本: とはずがたり総索引 / 辻村敏樹編<トワズガタリ ソウサクイン>.   東京 : 笠間書院, 1992.5-1992.6 本文篇
  注記: 本文篇の底本:伊地知鐡男編「とはずがたり一〜五」<影印> 1972年笠間書院刊(宮内庁書陵部蔵)

 

原本通り改行しております。

濁点を補い、原則として歴史的仮名遣いにしてあります。

P+巻数+丁数+オ(表) または ウ(裏)

後日区切り記号を付けます。

 

巻一 冒頭

P101オ

くれたけのひとよにはるのたつかすみけさしもまちいで

がほにはなををりにほひをあらそひてなみゐたれば

われもひとなみなみにさしいでたり。つぼみこうばいにやあ

らむこきくれなゐのうちぎ・もよぎのうはぎ・あかいろ

のからぎぬなどにてありしやらん。うめ・からくさをうき

 

(中略)後日

 

をさなくよりさぶらひなれたるごしよともおぼえず、

おそろしくつつましきここちして、たちいでつらむこともくや

しく」、なにとなるべきことにか」とおもひつづけられて、またなみだの

いとまなきに、だいなごんのおとするは、おぼつかなくおもひてかと、あは

れなり。ぜんしやうじ、おほせのやうつたふれば、「いまさら、かくなかなか

にては、あしくこそ。ただひごろのさまにてめしおかれて

こそ。しのぶにつけてもれむなもなかなかにや」とて、いでられぬるおと

するも、「げに、いかなるべきことにか」と、いまさらみのおきどころなき

P109オ

ここちするもかなしきに、いらせたまひて、つきせぬことをのみうけ

たまはるを、さすがしだいになぐさまるるこそ、これやのがれぬ

おんちぎりならむとおぼゆれ。とをかばかりかくてはべりしほどに、よがれ

なくみたてまつるにも、「けぶりのすゑ、いかが」と、なほも、こころに

かかるぞ、うたてあるこころなりし。さてしも、かくてはなかなか

あしかるべきよし、だいなごんしきりにまうして、いでぬ。ひとにみゆるも

たへがたくかなしければ、なほもここちのれいならぬなどもて

なして、わがかたにのみゐたるに、「このほどにならひて、つもりぬる

ここちするを、とくこそまゐらめ」など、またおんふみこまやかにて、

かくまではおもひおこせじひとしれずみせばやそでにかかるなみだを W

あながちにいとはしくおぼえしおんふみも、けふはまちみるかひ

P109ウ

あるここちして、おんかへりごと、もくろみすぎしやらむ。

われゆゑのおもひならねどさよごろもなみだのきけばぬるるそでかな W

いくほどのひかずもへだてで、このたびはつねのやうにてまゐり

たれども、なにとやらむ、そぞろはしきやうなることもある

うへ、いつしかひとのものいひさがなさは、「だいなごんのひさうして、

にようごまゐりのぎしきにもてなし、まゐらせたる」などいふきよう

がいどもいできて、いつしかにようゐんのおんかたざま、こころよからぬおんき

そくになりもてゆくより、いとどものすさまじきここちしながら、まが

よひゐたり。おんよがれといふべきにしあらねど、つもるひかずもす

さまじく、またまゐるひとのいだしいれも、ひとのやうにしさいがましく

まうすべきならねば、そのみちしばをするにつけても、よにしたがふは

P110オ

うきならひかなとのみおぼえつつ、とにかくに、「またこのごろやしのば

れむ」とのみおぼえてあけくれつつ、あきにもなりぬ。はづきにや、

 

(中略)後日

 

おんけしきあり。さても、だいなごん

P115オ

たびたびおほみやのゐん・しんゐんのおんかたへしゆつけのいとまをまうさるるに、「おぼし

めすしさいあり」とて、おんゆるされなし。ひとよりことにはべるなげき

のあまりにや、ひごとにおんはかにまゐりなどしつつ、かさねて

さだざねのだいなごんをもちて、しんゐんへまうさる。「くさいにしてはじ

めてきみにしられたてまつりて、てうていにひざまづきしより

このかた、ときにしたがひをりにふれ、おんめぐみならずといふこと

なし。ことにちちにおくれ、ははのふけうをかうぶりても、なほ

きみのおんぶんをおもくして、ほうこうのちゆうをいたす。され

ば、くわんゐしやうしん、りうんをすぎて、なほめんぼくをほどこしし

かば、じよゐ・ぢもくのあしたには、ききがきをひらきてゑみをふ

くみ、うちとにうらみなければ、くじにつかふるにものうからず。

P115ウ

ほうらいきゆうのつきをもてあそんで、とよのあかりのよなよなは、

ゑんずい・ぶがくにそでをつらねて、あまたとし、りんじ

てうがくのをりをりは、をみのころもにたちなれて、みたらし

がはにかげをうつす。すでにみしやうにゐ、だいなごんいちらふ、うぢのちやうじや

をけんず。すでにだいじんのくらいをさづけたまひしを、このゑのだいしやう

をふべきよしを、みちただうだいしやうかきおくじやうをまうしいれて、この

くらいをじたいまうすところに、きみすでにかくれましましぬ。われよに

ありとも、たのむかげかれはてて、たちやどるべきかたなく、なにの

しよくにゐてもそのかひなくおぼえはべり。よはひすでにいそぢに

みちぬ。のこりいくとせかはべらむ。おんをすててむゐにいるは、しん

じちのはうおんなり。おんゆるされをかうぶりてほんいをとげ、

P116オ

しやうりやうのおんあとをもとぶらひまうすべき」よし、ねんごろにまうさ

れしをかさねてかなふまじきよしおほせられ、またぢきにも

さまざまおほせらるることもありしかば、いちにちふつかすぎゆくほどに、

わするるくさのたねをえけるにはあらねども、しぜんにすぎつつ、

ごぶつじ、なにかのいとなみにあかしくらしつつ、おんしじふくにちにも

なりぬれば、ごぶつじなどはてて、みなみやこへかへりいらせおはし

ますほどより、ごせいむのことにくわんとうへおんつかひくだされなどする

こともわづらはしくなりゆくほどに、あはれさつきになりぬ。さつき

 

(中略)後日

 

ひとりおとづれざりしも、よの

つねならぬことなり。そのをりのそのあかつきよりひをへだて

ず、「こころのうちはいかにいかに」ととぶらひしひとの、ながつきのとをかあ

まりのつきをしるべに、たづねいりたり。なべてくろみたるころ

なれば、むもんのなほしすがたなるさへ、わがいろにまがふ

ここちして、ひとづてにいふべきにしあらねば、しんでんのみなみ

P125ウ

むきにてあひたり。「むかしいまのあはれとりそへて、ことしは

つねのとしにもすぎて、あはれおほかるかみのひまなき。ひととせ

のゆきのよるのくこんのしき、『つねにあひみよ』とかやも、せめての

こころざしとおぼえし」など、なきみわらひみ、よもすがらいふほどに、

あけゆくかねのこゑきこゆるこそ、げにあふひとからのあきのよは、

ことばのこりてとりなきにけり。「あらぬさまなるあさがへりとや、

よにきこえむ」などいひてかへるさの、なごりもおほきここちして、

わかれしもけさのなごりをとりそへておきかさねぬるそでのつゆかな W

はしたものしてくるまへつかはしはべりしかば、

なごりとはいかがおもはむわかれにしそでのつゆこそひまなかるらめ W

よもすがらのなごりも、たがたまくらにかと、われながらゆかしきほどに、

P126オ

けふはおもひいでらるるをりふし、ひはだのかりぎぬきたるさぶらひ、

ふみのはこをもちて、ちゆうもんのほどにたたずむ。かれよりのつかひ

なりけり。いとこまやかにて、

しのぶあまりただうたたねのたまくらにつゆかかりきとひとやとがむる W

よろづあはれなるころなれば、かやうのすさみごとまでもな

ごりあるここちして、われもこまごまとかきて、

あきのつゆはなべてくさきにおくものをそでにのみとはたれかとがめむ W

しじふくにちには、まさあきのせうしやうがぶつじ、かはらのゐんのひじり、れいの、

「ゑんあうのふすまのした、ひよくのちぎり」とかや、これにさへいひふるし

ぬることはててのち、けんじちほふいんだうしにて、ふみどものうら

にみづからほけきやうをかきたりし、くやうせさせなどせしに、

P126ウ

さんでうのばうもんのだいなごん・までのこうぢ・ぜんしようじのだいなごんなど、

ちやうもんにとておはして、めんめんにとぶらひつつかへる

なごりもかなしきに、けふはゆきちがひなれば、めのとがしゆくしよ、

しでうおほみやなるにまかりぬ。かへるたもとのそでのつゆはかこつかたな

きに、なにとなくつどひゐて、なげかしさをもいひあはせ

つるひとびとにさへはなれて、ひとりゐたるこころのうち、いはむかた

なし。さても、いぶせかりつるひかずのほどにだに、しのびつつい

らせおはしまして、「なべてやつれたるころなれば、いろのたもとも

くるしかるまじければ、いかきごじゆんすぎなばまゐるべ

き」よしおほせあれども、よろづものうきここちしてこも

りゐたるに、しじふくにちはくぐわつにじふさんにちなれば、なきよわりたるむしの

P127オ

ねも、そでのつゆをこととひて、いとかなし。ごしよよりは、「さのみさと

ずみも、いかにいかに」とおほせらるるにも、うごかれねば、いつさし

いづべきここちもせで、かみなづきにもなりぬ。とをかあまりのころにや、

またつかひあり。「ひをへだてずもまうしたきに、ごしよのおんつかひなどみ

あひつつ、ころともしらでやおぼしめされむと、こころのほかなる

ひかずつもる」などいはるるに、このすまひはしでうおほみやのす

みなるが、しでうおもてとおほみやとのすみのついぢ、いたう

くづれのきたるところに、さるとりといふうばらをうゑたるが、

ついぢのうへへはひゆきて、もとのふときがただふたもとあるばかり

なるを「このつかひみて、『ここにはばんのひとはべるな』といふに、『さも

なし』とひといへば、『さてはゆゆしきおんかよひぢになりぬべし』

P127ウ

といひて、このうばらのもとをかたなしてきりてまかりぬ」と

いへば、とはなにごとぞとおもへども、かならずさしもおもひよらぬ

ほどに、ねひとつばかりにもやとおもふつきかげに、つまどをしのびて

たたくひとあり。ちゆうじやうといふわらは、「くひなにや、おもひよらぬおと

かな」といひてあくるときくほどに、いとさわぎたるこゑにて、

「ここもとにたちたまひたるが、『たちながらたいめんせむ』とおほせらるる」

といふ。おもひよらぬほどのことなれば、なにといらへいふべき。こと

のはもなくあきれゐたるほどに、かくいふこゑをしるべに

や、やがてここもとへいりたまひたり。もみぢをうきおりたるかり

ぎぬに、しをんにや、さしぬきの、ことにいづれもなよらかなる

すがたにて、まことにしのびけるさまもしるきに、「おもひよらぬ

P128オ

みのほどにもあれば、おんこころざしあらば、のちせのやまののちには」

などいひつつ、こよひはのがれぬべく、あながちにいへば、「かかる

おんみのほどなれば、つゆおんうしろめたきふるまひあるま

じきを、としつきのこころのいろをただのどかにいひきかせむ。

よそのかりぶしは、みもすそがはのかみもゆるしたまひてむ」など、こころ

きよくちかひたまへば、れいのこころよわさは、いなともいひつよりえで

ゐたれば、よるのおましにさへいりたまひぬ。ながきよすがら、とに

かくにいひつづけたまふさまは、げにからくにのとらもなみだおちぬべき

ほどなれば、いはきならぬこころには、みにかへむとまではおもはざり

しかども、こころのほかのにひまくらは、おんゆめにやみゆらむと、いとお

そろし。とりのねにおどろかされて、よふかくいでたまふも、なごり

P128ウ

をのこすここちして、またねにやとまではおもはねども、そのまま

にてふしたるに、まだしののめもあけやらぬに、ふみあり。

「かへるさはなみだにくれてありあけのつきさへつらきしののめのそら W

いつのほどにつもりぬるにか、くれまでのこころづくし、きえかへり

ぬべきを、なべてつつましきよのうさも」などあり。おんかへりごとには、

かへるさのたもとはしらずおもかげはそでのなみだにありあけのそら W

かかるほどには、しひてのがれつるかひなくなりぬるみのしぎも、

かこつかたなく、いかにもはかばかしからじとおぼゆるゆくすゑ

もおしはかられて、ひとしらぬなくねもつゆけきひるつかた、

ふみあり。「いかなるかたにおもひなりて、かくのみさとずみひさしかるらむ。

このごろはなべて、ごしよざまもまぎるるかたなく、おんひとずくななる

P129オ

に」など、つねよりもこまやかなるも、いとあさまし。くるれば、こよ

ひはいたくふかさでおはしたるさへ、そらおそろしく、

はじめたることのやうにおぼえて、ものだにいはれずながら、め

のとのにふだうなども、しゆつけののちはせんぼんのひじりのもとに

のみすまひたれば、いとどたちまじるをのこごもなきに、こよひ

しも「めづらしくさとゐしたるに」などいひてきたり。めの

と・こどももつどひゐてひしめくも、いとどむつかしきに、おんはは

にてありしものは、さしものふるみやのごしよにておひいでたるものとも

なく、むげによういなく、ひたさわぎに、いまひめぎみがははし

ろていなるがわびしくて、いかなることかとおもへども、かかる

ひとのなどいひしらすべきならねば、ひなどもともさで、つきかげ

P129ウ

みるよしして、ねどころにこのひとをばおきて、しやうじのくちなる

すびつによりかかりてゐたるところへ、おんははこそいできたれ。

あなかなしとおもふほどに、「『あきのよながくはべり。たぎしなどして、

あそばせはべらむ』と、おんててまうす。いらせたまへ」と、そしようがほになり

かへりていふさまだにいとむつかしきに、「なにごとかせまし。

たれがしさぶらふ。かれもさぶらふ」など、ままこ・じちのこがなのりいひ

つづけ、くこんのしきおこなふべきこと、いしいし、いよのゆ

げたとかや、かぞへゐたるもかなしきに、「ここちわびしき」などもて

なしてゐたれば、「れいのわらはがまうすことをば、おんみみにいらず」

とてたちぬ。なまさかしく、をんなごをばちかくをにやいひな

らはして、つねのゐどころもにはつづきなるに、さまざまのことども

P130オ

きこゆるありさまは、ゆふがほのやどりにふみとどろかしけむ

からうすのおとをこそきかめとおぼえて、いとくちをし。

とかくのあらましごとも、まねばむも、なかなかにて、もらしぬるも

ねんなくとさへおぼえはべれども、ことがらもむつかしければ、

とくだにしづまりなむとおもひてねたるに、かどいみじくたた

きて、くるひとあり。たれならむとおもへば、なかよりなり。「はい

ぜんおそくて」などいひて、「さても、このおほみやのすみに、ゆゑ

あるはちえふのくるまたちたるを、うちよりてみれば、くるまのなかに

とものひとは、ひとはたねたり。とうにうしはつなぎてありつる。いづ

くへゆきたるひとのくるまぞ」といふ。あな、あさましときくほどに、

れいのおんはは、「いかなるひとぞと、ひとしてみせよ」といふ。おんててがこゑ

P130ウ

にて、「なにしにかみせける。ひとのうへならむに、よしなし。また、

おんさとゐのひまをうかがひて、しのびつついりおはしたるひともあらば、

ついぢのくづれより、『うちもねななむ』とてもやあるらむ。ふと

ころのうちなるだに、たかきもいやしきも、をんなはうしろめ

たなし」などいへば、またおんはは、「あなまがまがし。たれかまゐりさぶらはむ。

ごかうならば、またなにゆゑかしのびたまはむ」などいふも、ここもとに

きこゆ。「ろくゐしゆくせとやとがめられむ」と、おんははなるひとい

はるるぞ、わびしき。こさへいまいちにんそひてひしめくほどに、ねぬ

べきほどもなきに、きこゆるものどもいできたりとおぼしくて、

「こなたへとまうせ」とささめく。ひときてあんないすなり。まへなる

ひと、「おんここちをそんじて」といふに、うちのしやうじあららかに

P131オ

うちたたきて、おんははきたり。いまさらしらぬもののこむここちして、

むねさわぎ、おそろしきに、「おんここちはなにごとぞ。ここなるもの

ごらんぜよ。なうなう」と、まくらのしやうじをたたく。さてしも

あるべきならねば、「ここちのわびしくて」といへば、「おんこのみのしろ

ものなればこそまうせ。なきをりはおんたづねあるひとの、まうすとなれば

れいのこと。さらば、さてよ」とつぶやきていぬ。をかしくも

ありぬべきことのはども、いひぬべきとおぼゆるを、しぬばかりに

おぼえてゐたるに、「おんたづねのしろものは、なににかはべる」とたづね

らる。しも・ゆき・あられとやさばむとも、まことしくおもふべき

ならねば、ありのままに、「よのつねならず、しろきいろなるく

こんをときどきねがふことのはべるを、かくなだたしく

P131ウ

まうすなり」といらふ。「かしこくこよひまゐりてけり。おんわたりの

をりは、もろこしまでもしろきいろをたづねはべらむ」とて

うちわらはれぬるぞ、わすれがたきや。うきふしにはこれほど

なるおもひいで、すぎにしかたもゆくすゑも、またあるべしともおぼえ

でよ。かくしつつ、あまたよもかさなれば、こころにしむふしぶし

もおぼえて、いとどおもひたたれぬほどに、かみなづきはつかごろより、

ははかたのうばごんのだいなごん、わづらふことありといへども、いましも

つゆのきゆべしとも、みるみるおどろかではべるほどに、いくほど

のひかずもつもらで、「はやはてぬ」とつげたり。ひんがしやまぜん

りんじ、あやとといふわたりにいへゐして、としごろになり

ぬるを、「けふなむ、いまは」とききはてぬるも、ゆめのゆかりの

P132オ

かれはてぬるさまのこころぼそき、うちつづきぬるなどおぼえて、

あきのつゆふゆのしぐれにうちそへてしぼりかさぬるわがたもとかな W

このほどはおんおとづれのなきも、わがあやまちの、そらにしられ

ぬるにやとあんぜらるるをりふし、「このほどのたえまをいかに

と」など、つねよりもこまやかにて、このくれにむかへにたまふべきよし

みゆれば、「をととひにや、うばにてはべりしおいびと、むなしくなりぬ

とまうすほどに、ちかきけがれもすぐしてこそ」などまうして、

おもひやれすぎにしあきのつゆにまたなみだしぐれてぬるるたもとを W

たちかへり、

かさねけるつゆのあはれもまだしらでいまこそよそのそでもしをるれ W

じふいちぐわつのはじめつかたにまゐりたれば、いつしかよのなかもひきかへ

P132ウ

たるここちして、だいなごんのおもかげも、あそこここにとわすられ

ず。みもなにとやらむ、ふるまひにくきやうにおぼえ、にようゐんの

おんかたざまもうらうらともおはしまさず。とにかくにものうき

やうにおぼゆるに、ひやうぶきやう・ぜんしようじなどに、「だいなごんがあり

つるをりのやうに、みさたしてさぶらはせよ。しやうぞくなどは、かみへ

まゐるべきものにて」などおほせくださるるは、かしこきおほせ

ごとなれども、ただ、とくしてよのつねのみになりて、しづ

かなるすまひをして、ちちははのごしやうをもとひ、ろくしゆを

いづるみともがなとのみおぼえて、またこのつきのすゑには

いではべりぬ。

 

(中略)後日

 

P136ウ

べちにしるしはべればこれにはもらしぬ。きさらぎのとをか、よひ

のほどに、そのけしきいできたれば、ごしよざまもおんこころむつ

かしきをりから、わたくしもかかるおもひのほどなれば、よろづさかえ

なきをりなれど、たかあきのだいなごんとりさたして、とかく

いひさわぐ。ごしよよりもおむろへまうされて、おんほんばうにて、あい

ぜんわうのほふ、なるたきえんめいくとかや、びさもんだうの

そうじやう、やくしのほふ、いづれもほんばうにておこなはる。わがかたざまにて、

しんげんほふいん、しやうくわんおんのほふおこなはせなど、こころばかりは

いとなむ。しちでうのだうてうそうじやう、をりふしみねよりいでられたりし

が、「こだいなごん、こころぐるしきことにいひおかれしもわすれがたく」とて、

おはしたり。よなかばかりより、ことにわづらはしくなりたり。

P137オ

をばのきやうごくどの、おんつかひとておはしなど、こころばかりはひしめく。

ひやうぶきやうもおはしなどしたるも、あらましかばとおもふなみだは。ひと

によりかかりてちとまどろみたるに、むかしながらにかは

らぬすがたにて、こころぐるしげにてうしろのかたへたちよる

やうにすとおもふほどに、わうじたんじやうとまうすべきにや、こと

ゆゑなくなりぬるはめでたけれども、それにつけても、わがあや

まちのゆくすゑいかがならむと、いまはじめたることのやうに、

いとあさましきに、おんはかせなどしのびたるさまながら、おんげん

じやのろくなどことごとしからぬさまに、たかあきぞさ

たしはべる。むかしながらにてあらましかば、かはさきのしゆくしよ

などにてこそあらましかなど、よろづおもひつづけらるるに、

P137ウ

おんちのひとがしやうぞくなど、いつしかたかあきさたして、

おんつるうち、いしいしのことまでかずかずみゆるにつけて

も、あはれ、ことしはゆめさたにてとしもくれぬるにこそ。はれ

がましく、わびしかりしは、ゆめのきずゆゑ、ちよろづ

のひとにみをいだしてみせしことぞ、かみのりやうもさし

あたりてはよしなきほどにおぼえはべりしか。しはすには、つねは

 

(中略)後日

 

いかなるべきことにかとふしぎなれ。としかへりぬれば、いつしか

ろくでうどののごしよにて、きやうしゆじふににんにてによほふきやうかかせらる。こぞの

ゆめ、なごりおぼしめしいでられて、ひとのわづらひなくてとて、

ぬりごめのものどもにておこなはせらる。しやうぐわつより、おんゆびのちを

いだして、おんてのうらをひるがへして、ほけきやうをあそばすとて、

ことしはしやうぐわつよりにぐわつじふしちにちまではごしやうじんなりとて、おん

けいせいなどいふさたたえてなし。さるほどに、にぐわつのすゑつ

P139オ

かたより、ここちれいならずおぼえて、ものもくはず。しばしはかぜ

などおもふほどに、やうやうみしゆめのなごりにやとおもひあはせらるる

も、なにとまぎらはすべきやうもなきことなれば、せめての

つみのむくいもおもひしられて、こころのうちのものおもひ、やるかたなけ

れども、かくともいかがいひけむ、かみわざにことづけて、さとがち

にのみゐたれば、つねにきつつ、みしることもありけるにや、「さに

こそ」などいふより、いとどねんごろなるさまにいひかよひつつ、

「きみにしられたてまつらぬわざもがな」といふ。いのりいしいしこころを

つくすも、たがとがとかいはむとおもひつづけられてあるほどに、にぐわつ

のすゑよりはごしよざまへもまゐりかよひしかば、さつきのころはよつき

ばかりのよしをおぼしめさせたれども、まことはむつきなれば、

P139ウ

ちがひざまもゆくすゑいとあさましきに、「ろくぐわつなぬか、さとへいで

よ」としきりにいはるれば、なにごとぞとおもひていでたれば、おび

をてづからよういして、「ことさらとおもひて、しぐわつにてあるべかり

しを、よのおそろしさにけふまでになりぬるを、ごしよより、

じふににちはちやくたいのよしきくを、ことにおもふやうありて」といは

るるぞ、こころざしもなほざりならずおぼゆれども、みのなりゆかむ

はてぞかなしくおぼえはべりし。みつかはことさられいのかくれゐら

れたりしかば、とをかにはまゐりはべるべきにてありしを、そのよるより、

にはかにわづらふことありしほどに、まゐることもかなはざりしかば、

じふににちのゆふがた、ぜんしようじ、さきのれいにとて、おんおびをもち

てきたりたるをみるにも、こだいなごんの、「いかにか」など、おもひさわがれし

P140オ

よのことおもひいでられて、そでにはつゆのひまなさは、「かならずあきのなら

ひならねど」とおぼえても、ひとつきなどにてもなきちがひ

も、いかにとばかり、なすべきここちせず。さればとて、みづのそこまで

おもひいるべきにしあらねば、つれなくすぐるにつけても、「いかにせむ」

といひおもふよりほかのことなきに、くぐわつにもなりぬ。よの

 

(中略)後日

 

こころのみふかくなりゆくに、このあきごろにや、ごしよざまにもよのなか

すさまじく、「ごゐんのべつたうなどおかるるも、おんめんぼくなし」

とて、だいじやうてんわうのせんじをてんがへかへしまゐらせて、みずい

P144オ

じんどもめしあつめて、みなろくどもたまはせて、いとまたびて「ひさ

のりいちにん、あとしにはべるべし」とありしかば、めんめんにたもとを

しぼりてまかりいで、「おんしゆつけあるべし」とてにんじゆさだめられし

にも、「にようばうには、ひんがしのおんかた、にでう」とあそばされしかば、うきはうれしき

たよりにもやとおもひしに、かまくらよりなだめまうして、ひんがしの

おんかたのおんはらのわかみや、くらいにゐたまひぬれば、ごしよざまもはなやかに、

すみのごしよにはみえいおんわたりありしを、おほぎまちどのへ

うつしまゐらせられて、すみのごしよ、とうぐうのごしよになりな

どして、きやうごくどのとてゐんのおんかたにさぶらふは、むかしのしんすけどの

なれば、なにとなくこのひとはすごさねど、うかりしゆめのゆかりに

おぼえしを、たちかへり、だいなごんのすけとて、とうぐうのおんかたにさぶらひ

P144ウ

などするにつけても、よろづよのなかものうければ、ただやまの

あなたにのみこころはかよへども、いかなるしゆくしふなほのがれがた

きやらむ。なげきつつまたふるとしもくれなむとするころ、いといたう

めしあれば、さすがにすてはてぬよなれば、まゐりぬ。ひやうぶきやうのさた

にて、しやうぞくなどいふも、ただれいのしやうたいなきことなるにも、よろづ

みうしろまるるは、うれしともいふべきにやなれども、つゆ

きえはてたまひしおんことののちは、ひとのとが、みのあやまりも

こころうく、なにごころなくうちゑみたまひしおんおもかげの、たがふところなくお

はせしを、しのびつついでたまひて、「いとこそ、かがみのかげにたがはざり

けれ」などまうしうけたまはりしものをなどおぼゆるより、かなしきこと

のみおもひつづけられて、なぐさむかたなくてあけくれはべりしほどに、

P145オ

にようゐんのおんかたざまは、なにとやらむ、をかせるつみはそれとな

ければ、さしてそのふしといふことはなけれども、おんいりたち

もはなたれ、おんふだもけづられなどしぬれば、いとどよのなかも

ものうけれども、このおんかたざまは、「さればとて、われさへは」など

いふおんことにてはあれども、とにかくにわづらはしきこと

あるも、あぢきなきやうにて、よろづのことにはひきいりがちに

のみなりながら、さるかたに、このおんかたざまには、なかなかあはれ

なることにおぼしめされたるにいのちをかけて、たちいでて

はべるに、まことや、

 

(中略)後日

 

まことや、さきのさいぐうのみやは、さがののゆめののちは、おんおとづれもな

ければ、おんこころのうちもおんこころぐるしく、わがみちしばもかれ

がれならずなどおもふにと、わびしくて、「さても、としをさへ

へだてたまふべきか」とまうしたれば、「げに」とてふみあり。「いかな

るひまにても、おぼしめしたて」などまうされたりしを、おん

やしなひははときこえしあまごぜん、やがて、きかれ

P154ウ

たりけるとて、まゐりたれば、いつしかかこちがほなるそでの

しがらみせきあへず、「かみよりほかのおんよすがなくてとおもひし

に、よしなきゆめのまよひより、おんものおもひのいしいし」と

くどきかけらるるもわづらはしけれども、「ひましあらばの

おんつかひにてまゐりたる」とこたふれば、「これのおんひまは

いつも、なにのあしわけかあらむ」などきこゆるよしを

つたへまうせば、「はやましげやまのなかをわけむなどならば、

さもあやにくなるこころいられもあるべきに、こえすぎたる

ここちして」とおほせありて、くぎやうのくるまをめされて、

しはすのつきのころにや、しのびつつまゐらせらる。みちもほど

とほければ、ふけすぐるほどにおんわたり、きやうごくおもて

P155オ

のおんしのびどころも、このころはとうぐうのおんかたになりぬれば、

おほやなぎどののわたどのへおんくるまをよせて、ひのござの

そばのよまへいれまゐらせ、れいのおんびやうぶへだてておん

とぎにはべれば、みしよのゆめののちかきたえたるおんひかず

のおんうらみなども、ことわりにきこえしほどに、あけゆく

かねにねをそへて、まかりいでたまひしきぬぎぬのおんそでは、よそ

もつゆけくぞみえたまひし。としもくれはてぬれば、こころの

うちのものおもはしさは、いとどなぐさむかたなきに、さと

へだにえいでぬに、こよひはひんがしのおんかたまゐりたまふ

べきけしきのみゆれば、よさりのくごはつるほどに、

「はらのいたくはべる」とて、つぼねへすべりたりしほどに、

P155ウ

「によほふ、よるふかし」とて、うへくちにたたずむ。よのなかのおそ

ろしさ、いかがとはおもへども、このほどはとにかくにつもり

ぬるひかずいはるるも、ことわりならずしもおぼゆ

れば、しのびつつつぼねへいれて、あけぬさきにおき

わかれしは、けふをかぎりのとしのなごりにはややたち

まさりておぼえはべりしぞ、われながらよしなきものおもひ

なりける。おもひいづるさへ、そでぬれはべりて。

巻二

P201オ

ひまゆくこまのはやせ

 

(中略)後日

P206オ

にがりぬべきことなり」とおほせあるに、「さるべきやうさぶらはず。ぬし

をおんつかひにてこそ、おほせさぶらはめ。また、きたやまのじゆごうこそ、を

さなくよりごばうしんにて、すけだいもはべりしか」とまうすをりに、「じゆ

ごうよりも、つみかかりぬべくや」と、さいをんじにおほせらる。「あまりに

かすかなるおほせにもさぶらふかな」と、しきりにまうされしを、「いはれなし」

とてまた、せめおとされて、それもつとめられき。おんこと、つねの

ごとくぢんのふねに、じやうかうのへそみつにて、ふなざしつ

くりて、のせてとおんぞとごしよへまゐる。にでうさだいじんに、うし・

たち、のこりのくぎやうにはうし、にようばうたちのなかへは、はく・すなかし

なしたへ・こうばいなどのだんしひやく・さてもあるべき

ことならずとて、たかあきのもとより「かかるふしぎのこと

P206ウ

ありて、おのおのとがあがひまうしては、いかがさぶらふべき」といひつかはし

たるへんじに、「さることさぶらふ。ふたばにて、ははにははなれさぶらひぬ。

ちちだいなごんふびんにしさぶらひしを、いまだむつきのなかとまうす

ほどよりごしよにめしおかれてさぶらへば、わたくしにそだちさぶらはん

よりもゆゑあるやうにもさぶらふかとおもひてさぶらへば、さほどにもの

おぼえぬいたづらものに、おまへにておひたちさぶらひけること、つゆしら

ずさぶらふ。きみのごふかくとこそおぼえさせおはしましさぶらへ。じやうげをわ

かぬならひ、またおんめをもみせられまゐらせさぶらひにつきて、あまへ

まうしさぶらひけるか、それもわたくしにはしりさぶらはず。おそれおそれも、とがは

かみつかたより、おんつかひをくだされさぶらはばやとこそおもひてさぶらへ。

またくかかりさぶらふまじ。まさただなどやさぶらはば、ふびんのあまり

P207オ

にも、あがひまうしさぶらはん。わがみには、ふびんにもさぶらはねば、ふけうせ

よのみけしきばしさぶらはば、おほせにしたがひさぶらふべくさぶらふ」よしをまう

さる。このおんふみをもちてまゐりて、おまへにてひろうするに、「

こがのあまうへがまうしじやう、いたんそのいはれなきにあらず。ごしよに

ておいたちさぶらひぬるいでどころをこそまうしてさぶらふといふこと、まうすにお

よばずさぶらふ。また、みつせがはをだにおひこしさぶらふなるものを」など

まうさるるほどに、「とはなにごとぞ。わがおんみのそしようにて、あが

はせられて、またごしよにおんあがひあるべきか」とおほせあるに、「かみとして

とがありとおほせあれば、しもとしてまたまうすも、いはれなきに

あらず」と、さまざままうして、またごしよに、おんつとめあるべきになりぬ。おんことは

つねたううけたまはる。おんたち、ひとつづつ、くぎやうたちたまはり

P207ウ

たまふ。きぬ、ひとぐづつ、にようばうたち、たまはる。をかしくもたへがたかりし

ことどもなり。

 

巻三

 

(中略)後日

 

つるもいとこころぼそしや」とおほせらるるにこそ、さればおぼしめす

やうありけるにこそ、とあさましかりしか。たがはずそのつき

よりただならねば、うたがひまぎるべきことにしなきにつけては、

みしゆめのなごりも、いまさらこころにかかるぞはかなき。さても、さしも

にひまくらともいひぬべく、かたみにあさからざりしこころざしのひと

ありしふしみのゆめのうらみよりのちは、まどほにのみなりゆく

につけても、ことわりながら、たえせぬものおもひなるに、さつきの

はじめ、れいのむかしのあととふひなれば、あやめのくさのかりそめ

P307B

にさとずみしたるに、かれより、

うしとおもふこころににたるねやあるとたづぬるほどにぬるるそでかな W

こまやかにかきかきて、「さとゐのほどのせきもりなくは、みづから

たちながら」とあり。かへりごとには、ただ、

「うきねをばこころのほかにかけそへていつもたもとのかわくまぞなき

いかなるよにもとおもひそめしものを」などかきつつも、げによしなき

ここちせしかど、いたうふかして、おはしたり。うかりしことの

ふしぶしを、いまだうちいでぬほどに、よのなかひしめく。「にでうきやう

ごくとみのこうぢのほどに、ひいできたり」といふほどに、

かくてあるべきことならで、いそぎまゐりぬ。さるほどに、みじかよは

ほどなくあけゆけば、たちかへるにもおよばず、あけはなるるほど

P308D

に、「あさくなりゆくちぎり、しらるるこよひのあしわけ、ゆく

すゑしられて、こころうくこそ」とて、

たえぬるかひとのこころのわすれみづあひもおもはぬなかのちぎりに W

げに、こよひしものさはりは、ただごとにはあらじとおもひしらるることありて、

ちぎりこそさてもたえけめなみだがはこころのすゑはいつもかわかじ W

かくて、しばしもさとずみせば、こよひにかぎるべきことにしあら

ざりしに、このくれに、とみのことありとて、くるまをたまはせたりし

かば、まゐりぬ。あきのはじめになりては、いつとなかりしここちもおこ

たりぬるに、「しめゆふほどにもなりぬらんな。かくとはしりたまひ

たりや」とおほせらるれども、「さもはべらず。いつのたよりにか」などまうせば、

「なにごとなりともわれにはつゆはばかりたまふまじ。しばしこそつつま

P308B

しくおぼしめすとも、

 

(中略)後日

 

こころにきとおもひつづくるままなるなり。やがてそのひに、ごしよへ

いらせたまふとききしほどに、じふはちにちよりにや、よのなかはやり

P325オ

たるかたはらやみのけおはしますとて、くすしめさるるなど

ききしほどに、「しだいにおんわづらはし」などまうすをききまゐらせし

ほどに、おもふかたなきここちするに、にじふいちにちにや、ふみあり。「このよにて

たいめんありしを、かぎりともおもはざりしに、かかるやまひに

とりこめられて、はかなくなりなんいのちよりも、おもひおく

ことどもこそ、つみふかけれ。みしむばたまのゆめも、いかなることにか」

とかきかきて、おくに、

みはかくておもひきえなむけぶりだにそなたのそらになびきだにせば W

とあるをみるここち、いかでか、おろかならむ。「げに、ありしあかつきを

かぎりにや」とおもふもかなしければ、

おもひきえむけぶりのすゑをそれとだにながらへばこそあとをだにみめ W

P325ウ

ことしげきおんなかは、なかなかにやとて、おもふほどのことのはも、さな

がらのこしはべりしも、さすが、これをかぎりとはおもはざりし

ほどに、しもつきにじふごにちにや、はかなくなりたまひぬとききしは、

ゆめにゆめみるよりも、なほたどられ、すべて、なにといふべき

かたもなきぞ、われながら、つみふかき。「みはてぬゆめ」とかこちたまひ

し、「かなしさのこる」とありしおもかげよりうちはじめ、

「うかりしままのわかれなりせば、かくは、ものはおもはざらまし」とおもふ

に、こよひしも、むらさめ、うちそそきて、くものけしきさへただなら

ねば、なべてはくもゐも、あはれにかなし。「そなたのそらに」とありし

おんみづくきは、むなしく、はこのそこにのこり、ありしままのおん

うつりがは、ただてまくらに、なごりおほくおぼゆれば、「まことのみち

P326オ

にいりても、つねのねがひなれば」とおもふさへ、ひとのものいひも、おそ

ろしければ、「なきおんかげのあとまでも、よしなきなにや、とどめたま

はん」とおもへば、それさへかなはぬぞ、くちをしき。あけはなるる

ほどに、かのちごきたりときくも、ゆめのここちして、みづから、いそ

ぎいでてきけば、かれののひたたれのきじをぬひたりしが、

なえなえとなりたるに、よもすがら、つゆにしほれけるたもとも

しるくて、なくなく、かたることどもぞ、げに、ふでのうみにもわたり

がたく、ことばにもあまるここちしはべる。かの「かなしさのこる」と

ありしよる、きかへたまひしこそでを、こまかにたたみたまひて、いつも

ねんじゆのゆかにおかれたりけるを、にじふよかのゆふべになりて、

はだにきるとて、「つひのけぶりにも、かくながらなせ」とおほせ

P326ウ

られつるぞ、いはむかたなく、かなしくはべる。「まゐらせよとてさぶらひし」

とて、さかきをまきたるおほきなるふばこ、ひとつあり。おんふみ

とおぼしきものあり。とりのあとのやうにて、もじかたもなし。

「ひとよの」とぞ、はじめある。「このよながらにては」など、こころあてに、み

つづくれども、それとなきをみるにぞ、おなじみをにもながれ

いでぬべくはべりし。

うきしづみみつせがはにもあふせあらばみをすててもやたづねゆかましW

などおもひつづくるは、なほも、こころのありけるにや。かのはこの

なかは、つつみたるかねを、ひとはたいれられたりけるなり。さても

おんかたみのおんこそでを、さながらはひになされし、また、ごぶのだいじようきやう

をたきぎにつみぐせられしことなど、かずかずかたりつつ、ひ

P327オ

たたれのさうのたもとを、かはくまもなくなきぬらしつつ、いでし

うしろをみるも、かきくらすここちして、いとかなし。ごしよざまにも

ことに、おろかならぬおんなかなりつれば、おんなげきも、なほざり

ならぬおんことなるべし。「さても、こころのうちいかに」とてふみあるも、なかなか

ものおもひにぞはべりし。

「おもかげもなごりもさこそのこるらめくもがくれぬるありあけのつき W

うきはよのならひながら、ことさらなるおんこころざしも、ふかかりつる

おんなげきもをしけれ」などありしも、なかなか、なにとまうすべきことの

はもなければ、

かずならぬみのうきこともおもかげもひとかたにやはありあけのつき W

とばかりまうしはんべりやらむ。こころも、ことばも、およばぬここちして、なみだに

P327ウ

くれて、あかしくらしはべりしほどに、ことしは、はるのゆくゑも

しらで、としのくれにもなりぬ。おんつかひは、たえせず、「などまゐらぬ

に」などばかりにて、さきざきのやうに、「きときと」といふおんつかひもなし。

なにとやらむ、このほどより、ことにおほせらるるふしはなけれ

ど、いろかはりゆくおんことにやとおぼゆるも、わがとがならぬあやま

りも、たびかさなれば、おんことわりにおぼえて、まゐりもすすま

れず、けふあすばかりのとしのくれにつけても、としもわがみも

といとかなし。ありしふみどもをかへして、ほけきやうをかき

いたるも、さんぶつじようのえんとはおほせられざりしこと

のつみぶかさも、かなしくあんぜられて、としもかへりぬ。あら

たまるとしともいはぬそでのなみだに、うきしづみつつ、むつきじふごにちにや

P328オ

おんしじふくにちなりしかば、ことさらたのみたるひじりのもとへまかり

て、ふさつのついでに、かのおんこころざしありしかねを、すこし

とりわけて、ふじゆのおんふせにたてまつりしつつみがみに、

このたびはまつあかつきのしるべせよさてもたえぬるちぎりなりとも W

のうぜつのきこえあるひじりなればにや、ことさら、ききどころあ

りしも、そでのひまなきなかに、まだありあけのふることぞ、ことに

みみにたちはべりし。つくづくと、こもりゐて、きさらぎのじふ

ごにちにもなりぬ。しやくそんゑんじやくのむかしも、けふはじめ

たることならねども、わがものおもふをりからは、ことにかなしくて、この

ほどは、れいのひじりのむろに、ほけかうさん、ひがんより

つづきて、ふたなぬかあるをりふしも、うれしくて、ひびに

P328ウ

ふせをまゐらせつるも、たれとしあらはすべきならねば、「わす

れぬちぎり」とばかり、かきつづくるにつけても、いとかなし。

けふ、かうさんも、けちぐわんなれば、れいのふせのおくに、

つきをまつあかつきまでのはるかさにいまはいりひのかげぞかなしき W

ひむがしやまのすまひのほどにも、かきたえ、おんおとづれも

なければ、さればよとこころぼそくて、「あすはみやこのかたへ」など

おもふに、よろづすごきやうにて、しざのかう、いしいしにて

ひじりたちも、よもすがら、ねであかすよるなれば、ちやうもん

どころに、そでかたしきて、まどろみたるあかつき、ありしにかはらぬ

おもかげにて、

「うきよのゆめは、ながきやみぢぞ」

P329オ

とて、いだきつきたまふとみて、おびたたしくだいじに、やみいだし

つつ、ここちもなきほどなれば、ひじりのかたより、「けふは、これ

にても、こころみよかし」とあれども、くるまなどしたためたるも、わづら

はしければ、みやこにかへるに、きよみづのはしの、にしのはしの

ほどにて、ゆめのおもかげ、うつつに、くるまのうちにぞ、いらせ

たまひたるここちして、たえいりにけり。そばなるひと、とかくみたすけ

て、めのとがしゆくしよへまかりぬるより、みづをだに、みいれず。

かぎりのさまにて、やよひのそらも、なかばすぐるほどに

なれば、ただにもあらぬさまなり。ありしあかつきよりのちは

こころきよく、めをみかはしたるひとだになければ、うたがふべき

かたも、なきことなりけりと、うかりけるちぎりながら、ひとしれぬちぎり

P329ウ

も、なつかしきここちして、いつしか、こころもとなくゆかしきぞ、あながち

なるや。うづきのなかのとをかころにや、さしたることとて、めしある

も、かたがた、みも、はばからはしく、ものうければ、かかるやまひ

にとりこめられたるよし、まうしたるおんかへりごとに、

おもかげをさのみもいかがこひわたるうきよをいでしありあけのつき W

「ひとかたならぬそでのいとまなさも、おしはかりて、ふりぬるみには」

などうけたまはるも、こころづきなしにやなど、おもひたるほどに、さにはあら

で、「かめやまゐんのみくらいのころ、めのとにてはべりしもの、ろくゐにまゐりて

やがて、おんすべりにじよしやくして、たいふのしやうげんといふ

もの、しかうしたるが、みちしばして、よるひる、たぐひなき

P330オ

おんこころざしにて、このごしよざまのことは、かけはなれゆくべきあら

ましなり」とまうさるることどもも、ありけり。いかでかしらん。ここち

もひまあれば、いとど、はばかりなきほどにとおもひたちて、

さつきのはじめつかた、まゐりたれば、なにとやらむ、おほせらるる

こともなく、また、さして、れいにかはりたることはなけれども、

こころのうちばかりは、ものうきやうにて、あけくるるもあぢきな

けれども、みなつきのころまで、さぶらひしほどに、ゆかりのあるひとの

かくれにしはばかりにことよせて、まかりいでぬ。このたびの

ありさまは、ことにしのびたきままに、ひんがしやまのへんに、ゆかり

あるひとのもとに、こもりゐたれども、とりわき、とめくるひとも

なく、みをかへたるここちせしほどに、はつきはつかのころ、そのけしき

P330ウ

ありしかども、さきのたびまでは、しのぶとすれども、こととふひと

もありしに、みねのしかのねをともとして、あかしくらすばかり

にてあれども、ことなく、をのこにてあるをみるにも、いかでか、あは

れならざらむ。「をしといふとりになるとみつる」とききしゆめの

ままなるも、げにいかなることにかと、かなしく、「わがみこそ、ふたつにて

ははにわかれ、おもかげをだにもしらぬことをかなしむに、これは

また、ちちに、はらのなかにてさきだてぬるこそ、いかばかりか、おも

はん」など、おもひつづけて、かたはらさらず、おきたるに、

をりふし、ちなどもちたるひとだになしとて、たづねかねつつ

わがそばにふせたるさへ、あはれなるに、このねたるしたの、いた

うぬれにければ、いたはしく、いそぎて、いだきのけて、わがねた

P331オ

るかたにふせしにこそ、げにふかかりけるこころざしも、はじめて

おもひしれしか。しばしも、てをはなたんことは、なごりをし

くて、しじふにちあまりにや、みづから、もてあつかひはべりしに、やまざき

といふところより、さりぬべきひとをかたらひよせてのちも、ただ、ゆ

かをならべて、ふせはべりしかば、いとど、ごしよざまのまじろひも、ものうき

ここちして、ふゆにもなりぬるを、「さのみも、いかに」とめしあれば、

かんなづきのはじめつかたより、また、さしいでつつ、としもかへりぬ。ことし

は、ぐわんざんにさぶらふにつけても、あはれなることのみ、かずしらず。

なにごとをあしとも、うけたまはることはなけれども、なにとや

らむ、おんこころのへだてあるここちすれば、よのなかも、いとど

ものうく、こころぼそきに、いまはむかしともいひぬべきひとのみぞ、「うらみ

P331ウ

はすゑも」とて、たえずこととふひとにては、ありける。きさらぎの

ころは、ひがんのごせんぽふ、りやうゐん、さがどののごしよにてある

にも、こぞのおんおもかげ、みをはなれず。あぢきなきままには、

しやうじんにでんのしやかとまうせば、「ゆゐがいちにんのちかひ、あやまたず、まよ

ひたまふらむみちのしるべしたまへ」とのみぞ、おもひつづけはべりし。

こひしのぶそでのなみだやおほゐがはあふせありせばみをやすてまし W

とにかくにおもふも、あぢきなく、よのみうらめしければ、そこのみく

づとなりやしなましとおもひつつ、なにとなきふるほうご

など、とりしたたむるほどに、「さても、ふたばなるみどりこの

ゆくすゑを、われさへすてなば、たれかは、あはれをもかけむ」と

おもふにぞ、「みちのほだしは、これにや」とおもひつづけられ

P332オ

て、おもかげも、いつしか、こひしくはべりし。

たづぬべきひともなぎさにおひそめしまつはいかなるちぎりなるらん W

くわんぎよののち、あからさまに、いでてみはべれば、ことのほかに、おとなびれて

ものがたり、ゑみわらひみなどするをみるにも、あはれなることのみ

おほければ、なかなかなるここちして、まゐりはべりつつ、あきのはじめに

なるに、しでうひやうぶきやうのもとより、「つぼねなど、あからさまならず

したためていでよ。よさりむかへにやるべし」といふふみあり。こころえずおぼ

えて、ごしよへ、もちてまゐりて、「かくまうしてさぶらふ。なにごとぞ」と

まうせば、ともかくも、おんかへりごとなし。なにとあることもおぼえで

げんきもんゐん、さんみどのとまうすおんころのことにや、「なにとある

ことどものさぶらふやらん。かくさぶらふを、ごしよにて、あんないしさぶらへども

P332ウ

おんかへりごと、さぶらはぬ」とまうせば、「われもしらず」とてあり。さればとて、いでじ

といふべきにあらねば、いでなんとするしたためをするに、

よつといひけるながつきのころより、まゐりそめて、ときどきのさとゐの

ほどだに、こころもとなく、おぼえつるごしよのうち、けふやかぎりと

おもへば、よろづのくさきも、めとどまらぬもなく、なみだにくれ

てはべるに、をりふし、うらみのひと、まゐるおとして、「しものほどか」とい

はるるも、あはれにかなしければ、ちとさしいでたるに、なき